九州筑豊エリアの地方交通線でローカル気動車に乗る旅:日田彦山線・後藤寺線・原田線

ちょっとした春休みに,九州北部・筑豊エリアのローカル線を走るキハ40系気動車に乗って来た。全国的に国鉄型が完全淘汰されつつあるなか,筑豊地区をふくむJR九州のローカル線では,いまだに国鉄型普通列車(しかも気動車)が現役で走っている。

やや長いプロローグ

唐突に訪れた春休み・ふつふつと湧いた旅行欲

春になると,西の方へいきたくなる。これまでも,学部2年生・3年生の春休みに,四国・九州を,それぞれ旅してきた1。このときは,いずれも自転車で走った。四国については,学部3年の夏休みにもう一度足を運び,こんどは鉄道を乗り回し,JR線を全線乗破した2。いっぽう,九州のJR線は,わずか3しか乗れていなかった。

いつかは行こうと考えながら,九州は遠い。脚がむかず,博士後期課程1年も終わろうとしていた3月の中旬,論文の作成が一段落つき,学会もおわったことで,ちょっとした余白期間がうまれた。

研究室へと配属になってからというもの,盆正月以外の平日は研究に張り付いていたため,こういう平日の余白は貴重だった。

論文・学会・書類・実験・出張で,ちょっとくたびれていたので,なにもかもわすれてぷらっとすきなようにでかけたくなった。予算にも余裕があったので,一路九州へと向かった。

ぐるっと九州きっぷをつかおう

ひとくちに九州といっても,ひとあしで全線乗破した四国とはちがい,JR九州の路線網はひろく,細かい。鹿児島・日豊の2大幹線に加えて,それらの間を縫うようにのびる本線・地方交通線,さらには盲腸線,そして最近ホットな新幹線(九州+西九州新幹線)によって構成されている。それゆえ,脚注3で書いたように,まだまだ未乗路線は多かった。

旅の期間は,火曜日午前に名古屋を発ち,シンポジウムを聴講する金曜日の午後まで。水曜午前と金曜午前を名古屋⇔九州の移動に充てるとすると,実質的につかえるのは,火曜~木曜の3日間。この3日間を有効につかって,思い切り九州の路線をのりまわしたい,とかんがえた。今回旅に出たのは3月。ということで,青春18きっぷがつかえる期間だったが,特急にも少しは乗っておきたい,また,旅程をより柔軟にくみたいという気持ちもあった。

以上の状況から,九州島内での3日間の旅には,「ぐるっと九州きっぷ」をつかうことにした。このきっぷには,九州旅を思いついたころから,目をつけていた。このきっぷは,JR九州の普通・快速列車の普通車自由席に連続3日間乗り放題,のみならず,別途,特急券を買えば,特急列車や新幹線の普通席に乗れる。これは,青春18きっぷでは(一部の例外をのぞき)できない。少々割高ではあるが,予算に余裕があり,かつ,九州から出ないのであれば,「旅の自由度」が飛躍的にたかまるきっぷだといえる。

小倉まで新幹線で

火曜日の朝,駅のキオスクでコンパス時刻表を買い,それから,北九州市内までの往復乗車券(復学割)+新幹線特急券(小倉まで,片道)を手に入れ,広島ゆきの新幹線「のぞみ63号」に乗り込んだ。

63A のぞみ63号広島ゆき
名古屋1026>>>広島1242

小倉へいくのに,博多ゆきの「のぞみ」に乗らなかったのは,単純に指定席がとれなかったから。狙い通り,広島ゆきの自由席は,まだ窓側が空いていた。

のぞみ自由席の車内でコンパス時刻表を繰りながら,3日間のルートをあれこれ思案した。

終点の広島についたころにはちょうどひるすぎだったので,ホーム上の駅弁屋で「炙り煮あなごめし」を購入。名古屋で先だった自分をおいかけてきた,

19A のぞみ19号博多ゆき
広島1303>>>小倉1353

に乗り込み,これを食べながら小倉までひとっとび。

小倉駅でいったん下車。当駅は,新幹線をJR西日本が,在来線をJR九州が管轄している。新幹線のきっぷを小倉止まりにしたのは,小倉駅からの在来線(JR九州)に「ぐるっと九州きっぷ」を使い始めることで,少しでも元を取ろうと考えたからだ。

新幹線改札をでて,「JR九州」の「みどりの窓口」へ赴き,「ぐるっと九州きっぷ」を買うことができた。購入日(火曜日)を使用開始日として,連続する3日間,すなわち木曜日まで,このきっぷを使えることになった。

九州筑豊エリアの地方交通線に乗る

さて,念願の周遊きっぷが手に入ったわけだが,小倉からの行先がいまだに決まっていなかった。電光掲示板に表示された時刻と目的地案内をみながら,なんとなくホームへ降りたり,上がったりしていた。あるホームにたたずんでいると,どこからともなく気動車(DC)のエンジン音が聞こえてきた。その方へふと,目をやると,JR九州おなじみ,すすけたアイボリーホワイトに濃い青のラインが入った2両つなぎのDCがいた。

「あれに乗ろう!」

直感でそう判断して,すこし急ぎ足で階段を駆け上がり,跨線橋をわたってホームへ降りて行くと,待っていたのがこの汽車だった。

キハ147形。ごうごうとエンジンを回しながら停まっていた。

この車の行先は「添田そえだ」だ。小倉までの新幹線で時刻表は見ており,日豊本線や鹿児島本線といった主要幹線の駅はある程度知っていたが,各路線の終着駅・途中駅をすべて把握しているわけではなく,果たして,「添田」ゆきというのが,どこの路線をどう走って行くのか,この時点ではわかっていなかった。

が,車内のボックスシートも,通学・買い物帰りの客で埋まりつつあり,発車時刻も迫っていた。時刻表を手繰るのも面倒になり,直感に身をまかせて,このくるまに乗ることとした。

日田彦山線:小倉~田川後藤寺

キハ147は,エンジンをふかしながら出発。

ボックスシートに腰かけ,自販機で買ったつめたい水をのみ,そして時刻表をひらき,「添田」という駅名をさがした。するとこの列車が,日田彦山ひたひこさん(城野~夜明)の普通列車であることが判明した。北九州市小倉南区の城野じょうの駅から,途中,要衝である田川後藤寺駅を経由して,添田駅までむかう列車だった。

953D 普通 添田ゆき
小倉1422 >>> 田川後藤寺1519

日田彦山線は,去る平成29年の九州北部豪雨で被災してしまい,添田から先,夜明駅(九大本線)までは,BRT(日田彦山線BRT:BRTひこぼしライン)へと転換されている。そのため,この列車の行先は添田となっているのだった。

したがって,添田まで乗り切ると,いったんバスに乗り換えるか,折り返してくることとなる。時刻表を読んでいくと,途中の主要駅・田川後藤寺駅にて,後藤寺線新飯塚ゆきの列車に接続があることがわかった。せっかく鉄道旅にきたのに,BRTにのるのはつまらない5,と思い,この列車は田川後藤寺駅で乗り換えることとした。この結果,初日(すなわち出発したこの日)の午後は,九州北部エリアのローカル線を,以下

  • 日田彦山線:小倉~田川後藤寺
  • 後藤寺線:田川後藤寺~新飯塚
  • 福北ゆたか線:新飯塚~桂川けいせん
  • 筑豊本線(原田線):桂川原田はるだ

のようにのりついでいくことに決めた。

日田彦山線に入ってからの車内は,完全にローカル線のそれだった。

重厚なジョイント音,ぶかぶかのボックスシート,九州地区の路線にありがちな弾むようなジョイント通過,国鉄型の普通車に多い左右の揺れ,どれも「絶品」だった。車内の乗客は半分近く寝ていた。

車窓には,筑豊地区らしく,鉱山のようなハゲ山が見られた。「採銅所さいどうしょ」という,そのものずばりの駅もあった。

後藤寺線:田川後藤寺~新飯塚

田川後藤寺たがわごとうじ駅で下車し,添田までゆくキハ147と別れた。

うしろに見えているカラフルな車体は,平成筑豊鉄道・糸田線の車両だ。同駅から,東は日豊本線・行橋まで,西は,筑豊本線直方のおがたまで走っている路線だ。

ここから後藤寺線の列車にのりかえ。日田彦山線の列車と接続がとられており,対面での乗り継ぎできた。新飯塚までは,キハ40の単行に乗車した。

1556D 普通 新飯塚ゆき
田川後藤寺1520 >>> 新飯塚1540

この車もボックスシート。1両編成だが,鉄道マニアもふくめて十分すわれるくらいの乗車率だった。のんびりしていていい旅気分。

後藤寺線は,終点の新飯塚駅をふくめて5つしか停車駅がない。このエリアのなかでも短い路線だ。沿線には,日田彦山線とおなじような風景が広がり,途中でセメント工場も見られた。

新飯塚駅で下車。乗車したのは,キハ40形 8000番台だった。走行音を聴いて,エンジンが換装されていることだけはわかった。いわゆる「原型エンジン」ではないらしい。ただ,キハ40系は,製造両数が多いうえ,改造・転属もたくさんあって,くわしい車歴まではよく知らない。

新飯塚では,筑豊本線(愛称:福北ゆたか6)にのりかえ,当駅始発の817系普通電車で,数駅先の桂川けいせん駅までむかった。

2663H 博多ゆき
新飯塚1544 >>> 桂川1557

京都市にも,同字の桂川(かつらがわ)駅があるが,筑豊本線では「けいせん」と読む。このように,九州地方の駅名には,独特の読み方・発音をする駅が多い。たとえば,「原」という字を書いて「はる・ばる」と読むなど。この先,桂川から乗車する予定の「原田」線も,「はらだ」ではなく,「はるだ」と読む。

原田線:桂川~原田

桂川けいせんで降りたら,20分少々待って,原田はるだへのりついだ。終点の原田からやってきたのは,キハ140形のワンマンカー。小倉から後藤寺まで乗車した日田彦山線は2両編成だったが,こちらは単行列車。原田はるだ線は,日田彦山線にくらべて本数もすくない。土休日は1日9往復,平日は8往復で,日中は4時間近く列車がない。

6629D 普通 原田はるだゆき
桂川1646 >>> 原田1714

しばらく停車してから出発。後藤寺線と同様,短い区間だが,駅間は長い。途中に山越えもあった。

傾いてきた太陽が,すすけたガラス窓に差し込む。まぶしさから反対側のボックスシートに目をやると,その窓の向こうには田園風景が広がり,遠くの方には街がみえてきた。いい景色で,ついウトウト。。

終点の原田駅ホームは,接続する鹿児島本線より一段低くなっていた。これも,国鉄型がのりいれる路線ならではの風景だ。

原田からは,鹿児島本線,羽犬塚ゆきの快速電車にのって,鳥栖までむかった。このあたりで佐賀駅ちかくのホテルを予約したため,鳥栖からは長崎本線・江北ゆきにのりかえて,佐賀駅まで移動した。

長崎本線は,立派な複線,車内は帰宅ラッシュで混み合っている,にもかかわらずワンマン運転だった。JR九州の,徹底したコストカット姿勢をうかがえた。

絶滅しつつある国鉄車両

国鉄型車両は,全国的にみても,いよいよ多くの運用からしりぞきつつある。

たとえば最近では,「王国」だと思われていた山陽地区において,国鉄型が置き換えられはじめた。広島,岡山,と,東から西へ新型電車が導入され,残すは山口のみ,という状況だ。

山陽地区のみならず,陰陽連絡特急「やくも」でがんばっていた381系も,いよいよ2024年4月6日から,新型特急273系に置き換えられる7。つい新しい車に惹かれてゆく「乗り鉄」に,ささやかな旅情をあたえてくれた国鉄型は,いまや「絶滅の危機」にあるといっていい。

最後の国鉄天国

このような状況にあって,未だに国鉄型がバンバン走っている九州北部(特に,筑豊エリア)は,ノスタルジックな旅好きの,あるいはメカ好きのてっちゃんにとって,「最後の天国」といえるのではないだろうか。ここで走っているキハ40やキハ140は,いずれもエンジンが換装されており,正真正銘の「キハ40(ヨンマル)」ではない。それでも,ぶかぶかのボックスシートにすわって,重たいジョイント音をききながら,すすけた窓から田舎の風景を眺める…そんな愉しみを提供してくれる希少な路線であり,車であることに,変わりない。

しかも,このエリア(路線)は,鹿児島本線・日豊本線という東西の幹線に近く,アクセスしやすいのが特徴だ。それでいてここを走る車両は,いざ走り出すと旅情をともないつつ,ほどよい田舎へと連れて行ってくれる。都市圏への通勤・通学をになう路線でもあることから,それなりに本数も維持されている。接続路線とののりつぎも考慮されている。国鉄型にのるために,わざわざ秘境まで足を運ぶ必要がない。

国鉄型終焉の過渡期にさしかかったいまこそ,九州北部へ足を運んで,たっぷり旅情を味わうのもいい。

(つづく)

おまけ:鳥栖駅にて,783系「みどり」と「ハウステンボス」の連結部を撮影。こんなに色が違う併結列車はそうそう見られない(次の日は,この列車に乗ってみることにしました)。

次の記事:JR九州783系特急「みどり7号」佐賀→佐世保

  1. 工学研究者のSkhole:「【まとめ】2019春九州自転車旅|春の絶景と出会う旅~鹿児島_熊本_阿蘇_別府_博多↩︎
  2. 工学研究者のSkhole:「【名車両に乗ろう】特急列車自由席乗り放題!夏休み四国満喫きっぷの旅↩︎
  3. 九州新幹線全線(博多~鹿児島中央),指宿枕崎線 全線,日豊本線の一部(鹿児島中央~国分,宇島~博多),鹿児島本線(鳥栖~博多~門司港),および長崎本線(長崎~肥前山口~鳥栖:特急「かもめ」のルート)のみ ↩︎
  4. 九州新幹線全線(博多~鹿児島中央),指宿枕崎線 全線,日豊本線の一部(鹿児島中央~国分,宇島~博多),鹿児島本線(鳥栖~博多~門司港),および長崎本線(長崎~肥前山口~鳥栖:特急「かもめ」のルート)のみ ↩︎
  5. 「ぐるっと九州きっぷ」自体は,日田彦山線BRTに乗ることができます→(JR九州:「ぐるっと九州きっぷ」https://www.jrkyushu-kippu.jp/fare/ticket/304 [Access: 2024.4.1]) ↩︎
  6. 岡・九州・筑地方をむすぶ4路線:鹿児島本線(黒崎~折尾),筑豊本線(折尾~桂川),篠栗線(桂川~吉塚),鹿児島本線(吉塚~博多)の総称だそうです。 ↩︎
  7. JR西日本:「特急「やくも」新型車両273系の追加投入計画について~ゴールデンウィークから新型「やくも」が続々追加!~」,ニュースリリース,https://www.westjr.co.jp/press/article/2024/02/page_24531.html [Access: 2024.3.28] ↩︎
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