夏の東北鉄道旅(9) JR山田線|宮古~盛岡

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東北鉄道旅は4日目夕方。

宮古駅から,JR山田線のキハ110にのって,盛岡まで2時間半近くの旅路。

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宮古から山田線640Dに乗車

宮古駅に併設されている複合施設を出て,宮古駅の改札口に戻って来た。ここからは,JR山田線の普通列車に乗車するべく,ふたたび青春18きっぷの出番だ。駅での改札は,所定の時刻になると,駅員によって行われる。これは,列車本数が少ない地区あるいはホーム上の環境が過酷な(寒い)北海道などで見られる光景だ。その改札開始が近づくと,待合室にいた乗客の半数近くが立ち上がり,順々に列をなした。私も遅れまいと立ち,列の前の方に並べた。10人以上は並んでいたように思われた。地元客と観光客との割合は4:6くらい。観光客の大半は,青春18きっぷを握っていると思われ,親子連れ,年配の夫婦に,私のような単独者がそれぞれ2,3組ずつだった。まもなく改札がはじまった。

青春18きっぷを手短に見てもらったら,階段をのぼって,島式ホームに入っているキハ110に乗車した。宮古駅を出発する時点で,ボックスシートは,改札に並んでいた乗客で半分くらい埋められた。

キハ110: 640D 宮古1554発=盛岡1821着。

1日にわずか3本しかない,山田線を盛岡⇔宮古間で直通する普通列車だ。宮古から盛岡までは,この汽車にひたすら揺られ,2時間半の旅路だ。始発駅である宮古駅周辺と,終着駅である盛岡駅周辺のほかに,おおきな需要のある駅はほとんどなさそうだ。こういった閑散線区の場合,ワンマン運転であることが普通なのだが,640Dはツーマン運転だった。すなわち,運転士に加えて車掌が乗務していた。この日は,女性運転士と男性車掌のコンビだった。長距離路線を長時間走り続けるからだろうか?それとも,盛岡センタの方針なのだろうか。盛岡地区では,同じJR東日本でも,秋田県や岩手県南部と比べて,ツーマン運転の割合が高いと,この旅を通じて感じていた。

キハ110運行も…乗らない速度

640Dは,宮古を出発すると,最初は宮古周辺の市街地を快走した。ここまでの区間で,地元の利用客はポツポツと降りて行った。

その後,列車は徐々に山の中へと分け入っていった。盛岡の少し手前に至るまでの多くの区間は,閉伊川(へいがわ)に沿って蛇行しながら走った。この旅でいくつものローカル線に乗って来たが,ダントツで線形が悪かった。似たような例が,JR西日本・中国地方の路線によく見られる。こういう路線は,線形が悪かったり,路盤強度が低かったりするので,鉄道路線とは思えない制限速度,たとえば,時速25km/hや45km/hの制限が設けられている(前者は,「必殺徐行」とマニアの間で俗称される)。この山田線も,例外なく,徐行運転を披露してくれた。キハ110は,電化線区でも電車顔負けの走りを見せる高性能車両だが,山田線では高性能を封印され,ノッチを入れてはすぐに切る,という,なんとも緩慢で面白みのない走りを余儀なくされていた。

この山間の区間では,体感で45~60 km/hがいいところで,加速しようにも,すぐにカーブが現れてしまう。それに,この路線,他線区と比較して,勾配がキツい。峠の頂上には「区界(くざかい)駅」という駅があるが,そこまではひたすら上り続けていた。この調子が,宮古市街地を出てから,盛岡近辺へ下るまでつづいた。ローカル線の旅は,のんびりゆったりだからこそいいのだが,のんびりもここまで来ると,さすがに少しばかり飽きた。最初は,山間の川や山林の風景も面白かったが,1時間近く続くと,人家や車の流れが恋しくなった。しかし,車窓に表れるその風景は,情け容赦ないほど変わらない。線路に覆いかぶさるように茂った木々と草が多かった。エンジン音も単調で,カーブも多い。何もせず列車に乗ることは得意だが,さすがにこの列車には少しばかり参ってしまった。

バス転換にむけた?実証実験がすすむ

だいぶ日が暮れてきた頃,盛岡市街に入り,2時間半の旅路をようやく終えた。珍しく参ってしまった。宮古から盛岡までの営業キロは,「JTB 小さな時刻表」によると,102.1キロ。ここを2時間半(正確には2時間27分)かけて走ったから,平均巡航速度は,わずか42 km/hしか出ていなかったことになる。宮古~盛岡間を直通する列車が日に数本しかない理由がよくわかった。これでは,宮古~盛岡の直通需要を満足できない。山田線の需要は,もうほとんど,宮古駅と盛岡駅周辺とに限定されてしまっていることがよくわかった。

山田線に乗車してみて,近いうちに,何らかの形で,部分的な廃線やバス転換が行われるのではないか?と思った。実際,平行する国道106号線を走る「106バス」(岩手県北バス運行)は,宮古~盛岡間を2時間未満でむすんでいる。山田線からは,そのバスが走ると思われる,よく整備された道路がなんどか見え隠れした。道路のほうは右へ左へ蛇行しながら山間をぬうように進む山田線をあざ笑うかのように,トンネルで山をぶち抜き,まっすぐ伸びていた。列車が40 km/hそこそこで走っているのがみっともなくなるくらいだった。宮古駅に掲出のポスタは,山田線の列車が無い時間にも,それ以上の本数かつ所要時間の短い106バスに乗れることをアピールしていた。

2024年4月からは,山田線と106バスの実証実験が行われていて,山田線の乗車券で106バスに乗車できるようになっている。この実証実験は,JR東日本盛岡支社自身が実施している。この取り組みから透けて見えるのは,JR東日本として,旅客に「バスの方が便利で速いでしょ?もう鉄道がなくなってもやっていけるよね」ということの根拠を作りたいのではないか,ということ。これだけ山深いうえに,需要がきわめて少ない路線の営業には,多額の赤字がかさんでしまう。列車の両脇からは,車両限界を超えて草木が生い茂り,なんどもぶつかってきた。これらの手入れや,路盤の保守にかかる人件費は,相当なものだろうと想像された。また,鉄道路線のほうは,災害に対しての脆弱性も指摘できる。実際,この記事を書いている時点で,山田線は大雨災害によって大部分が運休している(上米内~宮古)。

存廃議論だけではなく複数のモードの柔軟な運用が重要?

全区間を,クタクタになって乗りとおしたことで,閑散路線の過疎を味わった。今後,こういった路線は,人口減少によってどんどん増えていき,存廃議論が顕著になってくるだろう。そのときには,鉄道というモードを「存廃」だけで議論するのではなく,需要に合わせて部分的に廃止したり,この路線のように,バスでの補間を図ったりして,複数のモードをうまく組み合わせることで,公共交通という足を維持していくことが重要になってくると,考えた。

(つづく)

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