2日目午後は,女川から石巻線を石巻まで戻り,そのまま石巻線を小牛田まで乗車した。
小牛田駅からは,陸羽東線にのりかえて,鳴子温泉までむかった。
この日は,湯けむりがたち硫黄の香りただよう鳴子温泉街にある,源泉かけ流しの民宿に投宿した。
2日目午前→仙石東北ライン・石巻線
石巻線|女川→小牛田
女川からは,1321女川発の1634D(キハ110系2両)で,石巻線を小牛田まで乗りとおした。途中,石巻駅では,石巻線を走って来た,DD200ディーゼル機関車牽引の貨物列車とすれ違った。石巻線沿線は,水田がおおく,街区は駅周辺に点在していた。
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小牛田駅は,東北本線上にあり,かつ,石巻線・陸羽東線の2つの路線が乗り入れている。
小牛田駅へ入線するとき,進路左手に広大なスペースが見られた。このスペースは,仙台車両センターの小牛田派出所(旧 小牛田運輸区)だ。あとで東西自由通路から眺めてみると,石巻線・陸羽東線などで運用されるキハ110系がたくさん停められていた。
JR東日本 非電化区間のマンモス形式であるキハ110系は,ぱっと見すべて同じつくりに見えるが,なんども乗って行くと,型式や番台によってすこしずつ違うことがよくわかる。このことは,この旅記録をまとめておえてから,じっくりまとめることにしよう。
14時30分,キハ110系2両編成は,定刻通り小牛田駅に到着した。隣には,EH500から切り離された貨物列車も留置されていた。20両以上の長い編成だった。おそらく,東北本線系統の貨物列車だろう。この区間を走る貨物列車のほとんどが,EH500によって牽引されている。東北の太平洋側を鉄道で旅していると,電化区間ではこの機関車ばかりを目にすることになる。
小牛田で石巻線から陸羽東線へのりつぎ
小牛田駅からは,12分の乗り継ぎ時間で,1442発の陸羽東線4733Dに乗り継ぐつもりだった。
が,駅の案内表示器をみても,その列車が表示されていない。陸羽東線:鳴子温泉~新庄間が大雨被害で運休していたことは知っていたが,4733Dが運休するかどうかは確認していなかった。ホームから階段を上がって,跨線橋に行ったところで,掲示板にお知らせが貼ってあった。そこに,同時刻発の列車が運休であると書いてあった。まもなく,駅員からも,4733Dが運休であるとアナウンスされた。次の列車は15時50分発の鳴子温泉ゆき1735D。1時間ほど時間をつぶすこととなった。
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小牛田駅は,乗換も行われる要衝でありながら,駅には最低限の設備しかない。しかたなく改札を出て,車両区を眺めたり,近くのコープで買い出ししたりした。東北に来ているが,まだまだ暑い。冷たいアイスクリームと,飲み物を買った。コープの駐車場から,広い小牛田駅の構内を見渡せた。20両をこえる貨物列車を余裕で停められるくらい広い。その先端に,切り離されたEH500が見えた。8軸の機関車は,遠くからみても存在感があった。
駅前も少しさんぽした。時刻表や路線図を見る限り,まあまあ大きい街かと思っていたが,駅周辺に限ってはそうでもなかった。どちらかというと,鉄道の城下町で,かつての栄華も今は昔,という雰囲気だった。きっと,蒸気機関車が主役だったような時代には,もっともっとにぎわいのある街だったのだろう。
陸羽東線|小牛田→鳴子温泉
出発15分くらいまえになって,駅へ戻ると,ちょうどキハ110がホームへ入線してきていた。待望の陸羽東線の列車だ。「奥の細道」とラッピングされた車両だ。陸羽東線には,「奥の細道湯けむりライン」という愛称が付けられている。白地に緑色の基本形式もいいけど,このラッピングも素敵だ。
2両目のボックス席を確保して写真を撮っていると,石巻線からのDD200牽引貨物列車が入って来た。たまたま単焦点レンズ(31mm)をつけていたタイミングだったので,写真を撮れなかった。残念。
陸羽東線へむかうキハ110の2両編成は,定刻通り出発した。陸羽東線は,小牛田を出発すると,内陸部へと進んでゆく。進むにつれ,車窓から街が少なくなる。やがて列車は,急峻な山地の谷を走ってゆくようになった。石巻線と同じように水田が多い。実った稲は頭をもたげており,もうじき収穫されるか,というところ。
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傾いてきた日差しに照らされながら,時刻表を繰って,明日の旅程を思案した。鳴子温泉から新庄方面へは,運休かつ代行バスがなくて抜けられない状態だったので,次の日は,鳴子温泉から陸羽東線を小牛田駅まで戻ってきて,盛岡方面へむかうことを予定していた。時刻表によると,小牛田駅では東北本線下り方面への接続が悪い。一方,どこかで新幹線に乗ってワープすれば,一ノ関駅で時間をつぶせそうだ。一ノ関は,小牛田よりは規模が大きい街で,駅前にもいろいろお店があることが期待された。そのうえ,時間的にも余裕が生まれ,北上線や田沢湖線に回り道しても,夜には盛岡へ着けそうなことがわかった。
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そうこうしているうちに,列車は鳴子温泉一帯にたどりつき,まもなく終点の鳴子温泉駅に着いた。小牛田からは1時間少々の旅路だった。駅に降り立った瞬間,温泉から発せられる硫黄の臭いが鼻を衝いた。理科の授業で,嗅いではいけないと教わる,腐った卵の臭いだ。
鳴子温泉に投宿
駅を出て,宿までの道すがら,中心街の商店を見て歩いた。半分くらいシャッタが閉まった通りで,他の店も,観光地である割には,閑散としていた。観光地というより,鄙びた温泉街と表現した方がぴったりくる雰囲気だった。こうして歩いている間にも,硫黄の香りはとどまるところをしらない。町中に温泉がコンコンとわき出しており,その湯量がすさまじいことを物語っている。
今日の宿は,国道47号線に面した「鳴子温泉郷 東多賀の湯」という民宿だった。個人で営んでいると思しき,2階建ての長屋のような建物だった。引き戸を開けて,小さな受付にむかうと,おばあちゃんが対応してくれた。館内と部屋を案内してくれた。2階廊下突き当りにある和室だった。和室なのにベッドということと,窓の前に冷房が「置いてある」ことが異様だったが,それ以外はおおむね快適,静かな部屋だった。
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荷を下ろして,温泉街のパンフレットを読み,夕食を食べる店として,2,3軒の店に目星をつけた。空腹だったので,すぐに宿を出て,その店へと足を運んだ。しかし,不幸なことに,いずれの店も店主都合で臨時休業だった。ほかの飲食店も,昼営業のみか,そもそも閉店してしまっているか,という状態だった。結局この日,温泉街じゅうを歩き回って,開いていたのは2軒だけ(居酒屋,スナック)だった。
駅から右手のほうには,立派なホテル群があったが,彼らのほとんどは夕食付で泊っているから困らないのだろう。いっぽう朝食付き・夕食なしプランの私は,すっかり夕食難民となった。居酒屋やスナックに行って夕食だけ食べるのも気が引けたので,しかたなく国道47号線を渡り,国道108号線に至り,川の向こう側にあるコンビニへ行った。
薄暗くなってきた国道108号を少しだけ山の方へ進むと,山裾に導水管が渡されていた。近くまで行くと,東北電力 鳴子水力発電所,とあった。鳴子といえば,「こけし」が有名で,建屋にはそれをモティーフにしたイラストが描かれていた。昨今の発電所・変電設備は無人化が進んでいて,ここの発電所にも人の気配はなかった。それをいいことに,柵のすぐ近くから,立派な変電設備をしばし眺めていた。こういうの,いいですよね~(伝わらないか)。
発電所もそうだが,周囲のまちにも,人の気がほとんど感じられなかった。店も商店も閉まっていることから,川向うのこちらの集落は,すっかり寂れてしまっていることがうかがえた。
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あとで地図で見ると,R108の先にはダムがあった。ダムを過ぎると,R108とR47とは,ふたたび合流して1本の道となっていた。川沿いに2本の国道があることに違和感を感じていたが,どうやら,R108は,ダムまでむかうための国道のようだ。夕食はコンビニ飯となったが,面白い道を発見できたのはよかった。こういう道は,自転車やくるまで探索するのが面白いと思う。そんなことを考えながら,すっかり暗くなった橋を渡り,国道47号を温泉街の方へと渡って,宿まで戻った。
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夕食前に,先に入浴した。ここは小さな民宿だが,それでも温泉は一人前。1階廊下の突き当りにある風呂場は小さく,正方形の風呂桶が1つあるのみだったが,そこには源泉がそのまま注がれていた。コンコンと流れ込む源泉は,乳白色で,かなりの硫化水素臭がした。湯につかると思っていたほどの刺激はなく,成分表によると,pHが6台,つまり弱酸性であることがわかった。においの割には,中性に近く,気持ちよく浸かれた。いいお湯だった。これなら,夕食がコンビニ飯でも問題ない。
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そのあとは部屋に戻り,珍しくTVを観ながら,夕食を食べた。明日の旅程を確認し,日記を書いて,床についた。時折,国道をはしるトラックの音が聞こえてくるものの,静かでいい宿だ。
(つづく)