豊肥本線 カルデラをつらぬく秘境区間の旅|豊後竹田→宮地

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「ぐるっと九州きっぷ」の旅3日目午後。

竹田の城下町を散策してから,宮地ゆきの普通列車にのり,外輪山をこえて阿蘇山のカルデラへといたる豊肥本線の最秘境区間を旅した。宮地駅では,のりつぎ時間を利用して,阿蘇神社にある二層式楼門をみてきた。

豊肥本線 豊後竹田~宮地

豊後竹田駅で下車して1時間半ほど散策してきた。

駅にもどってきて,昔ながらのふんいきを残す改札をくぐる。地下道をわたって,2番ホームへ。

ホームにはすでに,竹田から宮地みやじへとむかう単行列車がスタンバイしていた。

2424D 普通 宮地ゆき
豊後竹田 1500 >>> 宮地 1546

菜の花色に塗られたキハ125形気動車での運行だ。車内はボックスシートになっている。先客が2,3名,すでにボックスシートにかけ,列車の出発を待っている。おそらく,同業者(鉄道ファン)だろう。

豊後竹田駅に停車中のJR九州125形気動車(125-18)
豊後竹田駅に停車中のキハ125形気動車(豊肥本線2424D)。

豊後竹田から宮地までは,豊肥本線のなかでもっとも列車本数の少ない区間だ。以下に豊肥本線の路線図を示すが,豊後竹田から宮地まで,途中4駅しかない。にもかかわらず,2424Dは46分もかけて,この区間を走る。これからキハ125形でむかってゆく区間が,険しい区間であることを示唆している。

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豊肥本線の路線図。運転系統は,豊後竹田・宮地・肥後大津で大別される。本記事では,もっとも西側の区間である大分~豊後竹田を紹介している(出典:ジョルダン)。

ここが険しいのは,阿蘇山のカルデラをかこむ外輪山をこえて,そのなか,つまりカルデラへとはいってゆくからだ。

JR九州125形気動車(125-18)
愛くるしい顔をしているが,これから豊肥本線の最秘境区間へと立ち向かってゆく。

外輪山へと登る

出発直前になって,接続となる大分からの普通列車4436Dが到着した。鉄道ファンを中心に,多くの乗客が,こちらへのりかえてきた。やや慌ただしいふんいきの車内のまま,運転士がドアを閉め,ゆっくりと出発した。

豊後竹田をでてしばらくは,竹田の市街地をみながら走った。そして,最初の2駅,玉来駅,豊後萩駅に停車。

ここから先は,沿線のほとんどが,やぶや松林,山林だった。これらが,今にも豊肥本線の信号線をのみこまんとしている。自然が間近に迫る,まさに秘境路線の車窓だった。

豊後萩から滝水・波野駅までは,こういった山のなかを,蛇行しながら進んでゆく。線形から,徐々に勾配がきつくなっていることを実感した。カルデラの外側にある最後の駅・波野駅の直前に差し掛かった。ここらあたりまでくると,人工の構造物は,この豊肥本線の線路しかないような雰囲気になってくる。それにしてもよく,こんなところに線路を通したなという感じ。

波野駅手前の上り勾配にかかる。車窓は完全に秘境路線の様相。

この旅の終盤にして,いちばん面白い,非日常を味わえる区間だった。ローカル線にのるなら,やっぱりこういう,「よく路線をとおしたな」という線区がいい。

外輪山をつらぬくトンネルまでは,最大25‰の急勾配の連続だったのだが,このキハ125形単行気動車は,スイスイと登って行った。見た目は奇抜で軽々した感じだが,走りも軽快だった。

外輪山を下ってカルデラへ

波野駅をでた後にある外輪山のトンネルをぬけると,ギリシャ文字の「Ω」をゆがめたような急カーブにさしかかった。トンネルや落石防止の柵のようなものが連続する区間だったのだが,一瞬,明かり区間があって,カルデラのなかにひろがる阿蘇市街がみえた。ずっと山のなかをのぼってきてから気づかなかったが,けっこう高いところまで上がってきていたようだ。

カルデラへの下りにさしかかったキハ125形の車内。決して新しい車両ではないと思うが,ボックスシートで十分快適な車内だった。乗客のほとんどは,鉄道マニアと観光客だ。豊肥本線が観光路線であることを示している。

JR九州キハ125形気動車の車内。

数十分かけて,外輪山まわりの秘境区間をぬけると,左手に大きな大きなやまなみが見えてきた。阿蘇山だ。いちばんおおきく見えているのが中岳だろうか。やがて,列車は平坦な区間へとはいり,ところどころ草がはげ,黄土色の山肌が露出した山々に囲まれた。この景色が,いよいよ豊肥本線がカルデラのなかにはいったことを実感させてくれた。

45分の短くて長い旅を終えて,宮地駅に到着した。ここでは,つぎの列車まで,45分待つことになった。

宮地駅で下車:阿蘇神社へ

宮地駅には,豊肥本線が豪雨災害で不通になったときの写真や現物が展示されていた。写真には撮っていないが,土砂によってトンネル内から流出した線路(実物)が,印象的だった。鉄の塊であるはずの線路が,まるで細い針金を曲げるがごとく,ぐにゃぐにゃにねじ曲げられていたのだ。おもわずじっと,その線路をみつめていた。自然は美しくもあり,きびしくもあるのだ。

カルデラのなかには,豊肥本線の駅がいくつかある。市街地は,この沿線を中心として広がっているが,宮地駅は,その中心駅。宮地駅の南北にわたって,市街地が広がっている。

その市街地の北側,県道11号線にそって徒歩15分のところにある「阿蘇神社」へ参拝にむかった。往復30分だから,ゆっくり見て回るような時間はなかった。それこそ参拝したらすぐ戻ってこなければならないが,熊本地震から復旧した楼門はぜひみておきたかった。

きもち早足であるき,ちょうど15分くらいで神社にたどりついた。めあての楼門は,やっぱりすごかった。この大きさ,写真でつたわるだろうか。二層式でしっとりとした木の門構えは,なかなか他所ではみられない。

阿蘇神社の楼門。

そしてなにやら,門のまわりがさわがしかった。やたらとカメラをもっているひとがおおい。どのひとも,三脚のうえに,りっぱな一眼レフ機をすえていた。観光客というよりは,カメラを生きがいとしたハイアマチュアばかりだ。おそらく,今晩,ここで祭りでもあるのだろうと思っていると,なんと山門の前ではTV番組の収録中だった。下宿にTVを置いていないので,芸能人にはさっぱり疎いのだが,一般人とはちがうオーラというか,華やかさを発していたことが印象にのこっている。

この祭りについてしらべてみると,どうやら,「火振り神事」とよばれる,阿蘇に春をよぶ祭のようだった。豊作を祈って,火のついたたいまつを振り回すという神事で,たしかにカメラマンの腕が鳴る祭だった。

火振り神事

神さまの結婚式が行われる日です。 姫神は宮地から15kmの吉松宮から迎えます。神職と随行の青年は吉松宮地近くの宮山の神木を樫の葉にくるんで、古い儀式を行いながら、夕方阿蘇神社へ帰ってきます。参道へ集まった人々は、姫神を待ってたいまつを振ります。姫神は婿神と夫婦の儀式を挙げられると、町民のうちふるたいまつの中を神輿(みこし)に乗って、町内を道行(みちゆき)されます。豊作を祈って振られるたいまつと一緒に、阿蘇には遅い春がやってきます。

年間行事・イベント・祭り – 阿蘇市ホームページ

ここで夜まで待てば,この神事をみられたわけだが….このあとの旅の行程からして,ここにとどまると明日午後に控える予定に間に合わなくなる。豊肥本線を乗りとおし,今日のうちに小倉あたりまでもどってきおきたい。というわけで,居並ぶカメラマンを横目に,そして,鉄道マニアとしての矜持を胸に,泣く泣く神社を後にした。

帰りも早足で歩き,宮地駅までもどってきた。つぎの列車の出発まではあと数分あった。

宮地からは,ふたたび豊肥本線の普通列車にのって,カルデラを東へとすすみ,外輪山を出る。

(つづく)

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