長崎本線 上下分離された非電化区間をゆくキハ47の旅

「ぐるっと九州きっぷ」の旅2日目午後。

長崎本線の旧線(長与)でやってきた諫早から,キハ47の普通列車にのりかえて,上下分離された区間:諫早~肥前浜~江北を旅した。

このうち,諫早~肥前浜の区間は,上下分離にともない,電化設備があるにもかかわらず「非電化」で維持・運行されることになっている。立派な電化設備の下をキハ47気動車が走る風景が,国内の鉄道事業の行く末を暗示しているように感じた。

鉄道における「上下分離」とは何か?

「上下分離」方式とは,鉄道界隈でたまに耳にするが,くわしいところはよく知らなかった。そこで,まずはその方式について簡単にまとめておく。

交通社会資本の「上」「下」とその分離

まず,そもそも「上下」の「上」と「下」とが何をさしているか。一般的な交通社会資本(インフラ)について,ごく簡単に書くと以下の通りとなる。

  • 上:車両や移動体(例:航空機,自動車,鉄道車両,船舶)
  • 下:車両や移動体の通路および乗降・運行にかかる設備・土地(例:線路,道路,ターミナル,駅,滑走路,信号,海上航路,港湾)

日本においては,鉄道をのぞく航空・自動車・海運にかかわる下部構造は,財源や計画などの裏付けのもと,国や自治体主体で整備されてきた。これによって,その利用者(つまり上)は分離されてきた。鉄道以外では,このように,「上」と「下」とが明確に分離されてきた。

一方,鉄道においては,多くの運行主体が,下部構造(線路設備)も保有しており,上下が分離されていない。JRについて考えると,かつての国鉄も,新線の整備計画(鉄道敷設法)をもっていたが,これが国鉄分割民営化にともなって廃止された1ことで,JR各社は,明確な下部構造の整備計画をもたない,車両運行主体となっている2

鉄道部門の上下分離方式:欧州で先行

一方,海外に目を向けると,鉄道の「上下分離」方式は,米国・Amtrak社で,1970年代に最初に取り入れられ,イギリスをはじめとした欧州(EU)で広く受け入れられてきた。EUでは,競争原理の導入という観点から,その可能性を鑑み,本方式を以下の3つに分類した。

  1. 会計上の分離(Separation of Accounts):1つの鉄道事業者が,その事業体(会社)内部で,輸送と線路事業とを,「会計」のみ分離して扱う。
  2. 組織上の分離(Organizational Separation):1つの鉄道事業者内で,輸送事業と線路事業の部門を分離独立させる。これらの間では,線路使用料の支払いが発生するが,これは内部支払いにとどまる。
  3. 制度上の分離(Institutional Separation):輸送事業体と線路事業体とが,2つの法人格に分離される。鉄道輸送事業者が,線路保有者に対して,線路使用の対価を支払う。

このうち,3. 制度上の分離では,輸送者と線路管理者とが完全に独立化する。これにより,線路が開放されれば,日本国内における航空部門のように,輸送事業体へ競争原理がはたらくことになる。これは,EUにおける市場原理の導入にかなったものである。

日本の鉄道部門:鉄道事業法に基づく3つの事業体

日本では,以下の通り分類される鉄道事業者を対象として,上記3にあたる「上下分離」が,限られた路線で導入されてきた。

ここで,鉄道事業法は,「上」と「下」をどのように有するか,によって,鉄道事業を3つに分類している。

1つめは,「第一種鉄道事業」で,本事業者は,上述の「上」と「下」とを一体的にもつ,つまり,自前の線路に自社の列車を走らせる。日本では,国鉄から民営化された各旅客鉄道株式会社(JR)や,多くの地方私鉄がこれにあたる。本事業者は,上(つまり運行)と下(つまり構造物の管理)を一体的に担う。このことから,本方式は「上下一体方式」ともいうことができる。

2つめは,「第二種鉄道事業」だ。これは,第一種とは異なり,自前の線路はもたず,他社の線路を利用して列車を運行する事業のことをさす。この事業者は,下部構造を保有しない。代表例として,JR貨物があげられる。JR貨物は,(一部例外をのぞき)ほとんどの運行区間を,JR旅客会社の線路を走っている。つまり,第一種事業者であるJR各社の線路へ,乗り入れている。その対価として「線路使用料」をJR各社に支払っているが,この使用料については,のちほどふたたび言及する。このほか,東海地区における東海交通事業城北線(第一種事業者はJR東海)なども有名だ。

そして3つめの事業者が「第三種鉄道事業」だ。第二種鉄道事業とは逆に,下部構造のみを保有・管理する事業のことを指す。本事業の実施主体を「第三種鉄道事業者」とよぶ。代表例として,関西の大手私鉄4社を連絡する神戸高速線を保有する神戸高速鉄道,東海地区だと,四日市あすなろう鉄道の乗り入れ設備を保有する四日市市や,名鉄が乗り入れる空港線を保有する中部国際空港連絡鉄道などがある。

以上のように,日本の鉄道部門では,第二種事業者が支払う線路使用料の負担を鑑み,「上下分離」は,一部の路線に限られてきた。

制度改正による「公設民営」での上下分離の導入

これに対して最近の人口減少および他部門との競争から,JRをはじめとして,特に地方路線を多く抱える第一種事業者の下部構造維持にかかる負担が増加している。ここで,これら事業者のかかえる各線区が,上記の方式を導入しようとしても,「線路使用料」負担が発生する。そのコストは,下部構造の維持に比べると少ないものの,決して無視できる額ではない。

そこで日本国内では,これを解消するべく,制度改正がなされた。改正されたのは,「地域公共交通活性化・再生法」で,2008年に改正施行された。ここでは,線路使用料の支払いをともなう「従来型」の上下分離方式をみなおし,第三種事業者として自治体が下部構造を保有し,第二種事業者がこれを無償使用できるよう,制度改正された。これにより,鉄道路線の「公設民営」が可能となった。

同制度改正の従前から,都市圏を中心として,新線の整備計画や輸送力増強をもくろんだ既存線の複々線化計画の多くが,営業主体と建設主体とを切り離し,後者を公共団体として組織する(いわゆる第三セクター)方式によって整備されてきた。これも「公設民営」の一種といえ,それが,新線整備のみならず,上記の制度改正を裏付けとして,既存線にまで広がりつつある。

***「上下分離」に関する参考文献***

  1. 衛藤卓也,大井尚司,後藤孝夫:「交通政策入門(第3版)」,同文舘出版株式会社,pp. 180-183 (2023)
  2. 奥野正寛,篠原総一,金本良嗣:「交通政策の経済学」,日本経済新聞社,pp. 170-187 (1989)3
  3. ティム・パウエル(岡野行秀,藤井弥太郎,小野芳計 監訳):「道路経済研究所研究双書 4 現代の交通システム―市場と政策」,NTT出版株式会社,pp. 247-249 (2007)

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以上が,日本における鉄道部門の「上下分離方式」のバックグラウンドだ。

諫早~江北:長崎本線の上下分離区間

そして,その公設民営による上下分離方式の一例が,今回乗車した長崎本線だ。

長崎本線は,西九州新幹線が開通した2022年9月23日をもって,以下の図に示すように,諫早~江北(旧 肥前山口)間の(江北・諫早駅をのぞく)14駅・60.8km4 5が「上下分離」された。

長崎本線 上下分離区間の概要図
長崎本線の路線図と上下分離区間の概要(nextAxioで作成した路線図を基に,take26.comの管理者が改変)。

同区間における線路・鉄道施設および土地は,長崎・佐賀両県が出資する「第三種鉄道事業者」:一般社団法人 佐賀・長崎鉄道管理センターが管理することとなった。このうち,線路・鉄道施設は,JR九州から同センターへ無償譲渡され,維持管理経費は原則,佐賀県と長崎県が1:2の割合で負担するそうだ6。また,土地(用地)については,JR九州から佐賀・長崎両県へ無償譲渡され,上記のセンターへ借受5 8される形となったようだ。

この区間における列車は,「第二種鉄道事業者」となったJR九州が,鉄道施設を無償使用する形で運行をつづけている。2022年の新幹線開業から23年間,すなわち,2045年までは,運行継続するようだ6

長崎本線 上下分離区間の乗車レポート

諫早~肥前浜は気動車:キハ47での運行

その上下分離区間における長崎県側の起点駅・諫早駅にやってきたのは,キハ47系気動車だ。シーサイドライナーのような青色の塗装が特徴的だ。

2148D(ワンマン)
諫早1615 >>> 肥前浜1714

ちなみにこの列車は,長崎駅始発。私が諫早まで乗って来た旧線ではなく,午前中に乗車10した新線まわりで諫早までやってきたようだ。諫早から肥前浜駅までは,ちょうど1時間の旅。

長崎本線非電化区間を走るキハ47。
諫早駅から肥前浜駅まで乗車したキハ47-3510。青色の塗装が特徴的な車両だ。

諫早から肥前浜までの区間は,上下分離により気動車での「非電化」運行となっている。電化設備がのこされているのに,完全非電化での運行となっているわけだ。

ぶかぶかのボックスシートにかけると,エンジン音が心地いい。キハ40系列ではあるものの,エンジンは換装されているようだ。キハ47のかなでる音は,JR四国2000系や智頭急行HOT7000系のようなエンジン音とよく似ている。特に,惰行から再加速するときの吸気音がそっくりだ。たぶん,コマツ製のエンジンだろう。

諫早までの長崎本線で乗車したYC1系の中途半端な走り11とは異なり,この車は,最初からエンジンをブリブリいわせながら走る。ハイブリッド気動車は,環境にやさしいけれど,音鉄的にはこういう筋金入りの気動車のほうが好きだ。

諫早を出てから佐賀県との県境に至るまで,列車は北東にすすむ。諫早といえば,干拓事業が有名。しばらくは,右手に,干拓地帯をみながら走る。

つづいて,対岸の島原半島にそびえる雲仙岳をみることができる。雲仙岳は,中学の理科の授業で,「粘り気のある溶岩によって形成されたおわん型の火山」の代表として勉強したが,車窓から眺めるぶんには,まあ割と綺麗な山の形だった。もっと近くでみると違うのかもしれないが。

そして,全区間をとおして有明海沿いを走るので,山越えの区間をのぞいては,右手にすばらしい海の景色を眺められる。

小長井駅から県境を越えると長崎県に入り,長崎本線は進路を北寄りにかえる。ここからさきは,「肥前」と名のつく駅が連続する。海沿いをはしるので,蛇行しながら進んでいく。スピードはさほど出さない。換装されたエンジンでは,若干性能を持て余し気味のようで,加速・惰行をくりかえしながら走っていった。

かつての特急街道だった同区間だが,現在ではこのように,ローカル気動車にのって車窓を楽しむ区間へと様変わりしていた。

肥前浜でのりかえて江北・鳥栖へ

2148Dの運行は,肥前浜駅まで。江北駅(旧:肥前山口駅)まであと4つだから,最後まで走ってくれれば便利なのだが,ここでのりかえを余儀なくされた。

同様にして,諫早~肥前浜の県境をまたぐ普通列車は,1日8本あるが,基本的には肥前浜駅で系統分離されている。(一部例外あり)

肥前浜駅に停車中のキハ47-3510。
肥前浜駅に停車中のキハ47系。長崎本線の県境区間をまたいで運行される普通列車は,1日わずか8本のみ。

肥前浜駅で,この列車からののりつぎとなるのは

2868M 普通 江北ゆき
肥前浜1719 >>> 江北1741

で,列車番号からもわかるように,電車での運行だった。肥前浜~江北も上下分離区間だが,この区間だけは電車での運転となっている。肥前浜から1つ先の肥前鹿島駅には,特急「かもめ」の廃止後も,博多からの特急「かささぎ」が運行されている。したがって,電車運行に足る需要が残っていると推察される。

江北まではわずか22分で到着し,江北からは,佐世保線も合流し,博多方面への直通列車が走る近郊区間となる。この日は

2870M 普通 福間ゆき
江北1752 >>> 鳥栖1843

に乗車して,宿のある鳥栖駅までむかった。もう18時近かったが,まだ外はうす明るかった。隣に座って来た医者と思しきじいさんが,連れの淑女に対して,「ここは,都会(おそらく大阪や東京)と比べるとずいぶん西だから,日没・日出が遅いんだ」と説いていた。なるほど,このことばで,じぶんがいま,ふだんよりずいぶん西にいることを実感した。

鳥栖までの間に,下り787系「かささぎ」,上下の783系「みどり・ハウステンボス(リレーかもめ)」,それに,885系「(白い)リレーかもめ」と行き違った。新幹線こそあれど,武雄温泉以西は,いまだに特急街道であることを実感した。

まとめ:「拡大」から「維持」へ

今回は,日本の鉄道部門における「上下分離」について,その制度と歴史を述べたあと,実際に「公設民営方式」で,JRから分離された長崎本線の乗車レポートを示した。

日本はとうとう人口減少時代に突入し,特に,地方での鉄道需要が著しく低下している。モータリゼーションの進展にも押されており,地方交通の足としての鉄道を維持することはむずかしくなってきている。

そんな状況にあっては,もしかすると「上下分離」は,持続可能な鉄道事業の次世代スタンダードとして,導入がすすむかもしれない。そのときには,この長崎本線が,先駆路線として大いに参考にされることだろう。

(つづく)

九大本線特急「ゆふ1号」5両増結編成の指定席 乗車記|鳥栖→大分

  1. これによって,扱いの不明瞭な「新幹線基本計画」だけがのこった。 ↩︎
  2. このことは,特にJRに対して,航空・自動車との熾烈な競争において,不利にはたらいているといえる。 ↩︎
  3. やや古い教科書だが,非常にわかりやすかったので,オススメ。 ↩︎
  4. 九州旅客鉄道:「長崎本線(肥前山口~諫早間) 第二種鉄道事業許可について」,2022年1月31日ニュースリリース,URL:https://www.jrkyushu.co.jp/news/__icsFiles/afieldfile/2022/01/31/220131_nagasaki_kyoka.pdf [Access: 2024.5.6] ↩︎
  5. 国土交通省鉄道局鉄道事業課および九州運輸局:「JR長崎本線(肥前山口~諫早)の鉄道事業許可~九州新幹線(西九州ルート)の開業時に、運行と施設保有を分離します~」,令和4年1月31日プレスリリース,URL: https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001461584.pdf [Access: 2024.5.6] ↩︎
  6. 佐賀県庁 地域交流部 交通政策課:「西九州新幹線開業後の長崎本線(江北-諫早間)の取扱いについて」,URL: https://www.pref.saga.lg.jp/kiji0039797/index.html [Access: 2024.5.6] ↩︎
  7. 国土交通省鉄道局鉄道事業課および九州運輸局:「JR長崎本線(肥前山口~諫早)の鉄道事業許可~九州新幹線(西九州ルート)の開業時に、運行と施設保有を分離します~」,令和4年1月31日プレスリリース,URL: https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001461584.pdf [Access: 2024.5.6] ↩︎
  8. 「長崎線の鉄道事業再構築実施計画の概要」,URL: https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001725720.pdf [Access: 2 ↩︎
  9. 佐賀県庁 地域交流部 交通政策課:「西九州新幹線開業後の長崎本線(江北-諫早間)の取扱いについて」,URL: https://www.pref.saga.lg.jp/kiji0039797/index.html [Access: 2024.5.6] ↩︎
  10. 工学研究者のSkhole:「大村線 区間快速シーサイドライナーで佐世保から長崎へ」,2024年5月17日公開 ↩︎
  11. ハイブリッド気動車であり,低速域では蓄電池から供給される電力によってモータを駆動する。エンジンを起動するのは,30~40 km/hまで速度が上がってからである。そのため,ふつうの気動車(エンジンに変速機および減速機を介してモータを駆動する機構)とくらべて,中途半端な走り方のように感じられる。 ↩︎