温水器は直ったけど銭湯には定期的に行きたいと思う理由【#あいち銭湯】

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6月下旬から7月中旬にかけて,下宿の「電気温水器」が故障して使えなかった。

電気温水器は,お風呂をわかすお湯を作っているもの。おかげで,梅雨真っただ中の3週間,下宿で風呂に入れなかった。

1日くらいなら入浴なしでも大丈夫だけれど,このときは梅雨時だったから,2日も3日もお風呂に入らないとキツイ。だからといって毎日,水シャワーでは疲れが取れない(むしろ体がびっくりして,ストレスが溜まる)。

そういうわけで,1週間に2回くらい,自転車で近くの銭湯へ通った。温水器が直るまでには3週間くらいかかったので,結局7,8回は行ったと思う。

銭湯自体は,大学学部時代の自転車ツーリングで,全国津々浦々,お世話になって来たので抵抗はない。ただ,下宿の近所には,歩いて行けるところに銭湯がなかったため,ふだんの生活で銭湯へ行ったことは一度もなかった。

こういう経緯で,唐突に訪れた「銭湯通い」は,締め切りに追われる単調な研究室生活の疲れを癒すのにちょうどいいことがわかった。「リフレッシュできる」「気持ちいい」という効能はもちろん,それよりももっと重要で,修士学生の自分にとってタイムリーな,銭湯の「副次的な効能」に気づいた。

結局,温水器は7月3連休の最終日に修理されて,翌日からは下宿で入浴できるようになった。ただ,銭湯の「隠れた効能」に気づいた私は,下宿で入浴できるようになっても,銭湯には定期的に通いたいと思った。

この記事では,そんな「銭湯の隠れた効能」について,自分の考えを綴っていく。

気持ちいいだけじゃない銭湯の魅力

令和における銭湯の現在

銭湯っていうのは,ここではいわゆる「公衆(公営)浴場」のことを指す。

下宿の近所には,自転車で行ける距離に2か所,銭湯がある。

いずれの銭湯でも,一歩足を踏み入れると「昭和」の空気が漂っている。ざっくり書くと,以下のような感じ。

  • 大浴槽,超音波風呂,電気風呂,薬草風呂,サウナ(ミスト or 乾式)
  • 番台さん,牛乳,古いロッカー,マッサージ器(これも超古い),ドライヤー(1回10円とか)
  • 入口にのれん
  • 洗い場は,引っ張って出す蛇口,ケロリン,シャワーもある
  • 値段は1回460円(最近,値上がりしたらしい)
  • おじさん,おじいさん,背中に絵を描いた人が多い。とにかくいろんな人がいる。

今回の記事で,まず注目したいのは,とにかくいろんな人がいるということ。つぎに,それぞれが,自分の好きなタイミングで入ってきて,出ていくということ。

さらに,常連さんがたま~に会話を交わすけど,それ以外は各々が好き勝手やっているということ。

風呂上りは,扇風機で涼んだら,さっさと着替えて帰っていく。スーパー銭湯みたいにダラダラ居座るようなことはない。

彦根市にあった湖東唯一の銭湯「山の湯」。2019年8月末で廃業してしまったようだ(画像元:関ヶ原から薩摩カイコウズ街道で名古屋から彦根へ|春の西日本サイクリング1日目

私が注目したのは,この点だ。スーパー銭湯にはない「いろんな人が好きなようにやっている」という点に,銭湯の「副次的な効能」が隠れていると,なんどか通って,そういうふうに考えるようになった。

銭湯は「大勢のなかの孤独」

これについて,ずばり表現している本に出会った。それが,以下に紹介する書籍と文章だ。

思想家・吉本隆明氏は,著書「ひきこもれ」において,銭湯という場所について以下のように書いていた。少し長いが,この部分が,今回紹介したい銭湯の「副次的な効能」のすべてだと思うので,引用する。

大勢の中にいる孤独に安堵する
 そういう時に何が有効だったかというと、銭湯に行くことでした。銭湯というのは大勢人がいるけれども、誰とも口を利かなくても別におかしいことはない場所です。見ず知らずの人たちのなかで、自分もみんなと同じことをしている。でも一人でいることができるのです。
 つまり、大勢の中の孤独ということです。そういう状態というのは安心感がありました。だから精神的ににっちもさっちもいかないというか、鬱陶しくていけないみたいになってくると、よく銭湯に行っていました。…

吉本隆明:「ひきこもれ <新装版> ひとりの時間をもつということ」,SB新書,pp. 128-129 (2020)

この部分は,「孤独の処方箋」,つまり「孤独で寂しいと感じたときに,それを解消する効果的な方法はなんだったか?」に対する,吉本隆明氏の答えの1つが書かれている部分だ。銭湯と並列して,「お祭り」も処方箋として書かれていた。

引用部分のように,吉本隆明氏は,銭湯という場所を「大勢の中の孤独」として表現されていた。

私は偶々,給湯器が壊れて銭湯へ行ったその日の夜に,本棚に置いてあった「ひきこもれ」を読み,そして上の表現に出会った。この表現は,まさに銭湯という場所の特徴をぴったりと捉えている。

この「大勢の中の孤独」が,どういう”効き方”をするかは,ひとそれぞれ。吉本隆明氏の場合は,「孤独に対する処方箋」だったわけだ。

では,大学院生である自分には,どういった効能があるのだろうか?

大学院生である自分に対する効能

私たちは,いわゆる一般的な仕事環境において,いつも固定された人間関係にある。突飛な行動や「キャラ」からの逸脱は許されない。特に「空気」を大事にする日本という国にあっては,これが顕著だ。

固定された人間関係(つまり固定された自身のポジション)は,気疲れを生みやすい。その関係は,とても濃い。1日経ったからとて,その関係が消えるわけではない。

一方,銭湯では,そもそも,銭湯では「自身の置かれるポジション」が,仕事環境とまったく異なる。自身がポジショニングされる「座標軸」も,日々変化する。銭湯では,毎日,(常連さんを除いて)見知らぬだれかが出入りするからだ。

京都でお世話になった銭湯(画像元:【心ゆさぶる絶景】菜の花踊る琵琶湖沿いを走る|春の西日本サイクリング2日目

そういうわけで,銭湯という場所では,「座標軸」の「軸タイトル」すらあいまいだと考えられる。

こういう,てんでバラバラで,しかも普段とまったく異なる「座標軸」の中では,「自分のいまいる位置」を客観視できて,「大したことないんだなあ」とリセットできると考えている。

ましてや,みんな裸。否が応でも自分が世の中の1人でしかないことを突き付けられる。

どんな軸の,どんな人でも,結局はただの「人間(♂)」でしかないのだ。

裸でみんないる場所なのに,人同士のつながりは希薄。

物理的に近いのに,座標軸上では遠い。

こういった銭湯の環境が,ふだんの「固定された座標軸におけるポジショニング」から,私を逃避させる。これによって,ふっと,気を抜けるのが,私に対する銭湯(大勢の中の孤独)の効能だと考えている。

「ちょっと濃い公共」は身近にある

銭湯のそういう特徴から,私は,銭湯という場所が「ちょっと濃い公共」空間であるとも考えている。

「大勢の中の孤独」を,「ゆるい枠組みに含まれるが,名前を知らないひとたちが,あつまって一定時間をすごす空間」として考えると,それを「ちょっと濃い公共」と定義できる。

「ちょっと濃い公共」には,銭湯のほかにも

  • 行きつけの定食屋
  • 田舎の長距離鈍行で往く鉄道旅
  • 大学の講義

なども含まれているだろう。「ちょっと濃い公共」は意外と身近にある。

共通点として,そのあつまりの規模には依らず,とにかく「ちょっと広めの枠内に入る人々」がその要素だということがわかる。

稚内市内にある最北の銭湯「みどり湯」(画像元:自転車で走る!あこがれの絶景ロード・オロロンライン②|遠別~稚内【2018北海道自転車旅】

この枠は,やや緩くて,広い。そして,薄い。

薄いからこそ,面識がないままでも気持ち悪くない。別にコミュニケーションが必須でもない。

だから「ちょっと濃い公共」は「気楽」なのだろう。人間としての価値はリセットできる。

学部時代の自分は,しょっちゅうこういう「ちょっと濃い公共」へ行って,煮詰まらない人間関係の中へ身を置いて,自分をリセットしていたように思う。

研究室は「privateに近いpublic空間」

それが今はどうだろう。

研究室っていうのは,かなり「具体的で濃い公共」で,公(public)-私(private)の2軸上では,もっとも私(private)に近い公(public)な場所だと考えられる。

ここにいる人は,かなり狭い枠に収まる。

しかも,相当な時間を一緒に過ごして,損益をも共にすることがある。

だから,コミュニケーションをとり,しっかりと自分の役割を固定しないと気持ち悪いのだ。

さっきの「ちょっと濃い公共」の緩さ,気楽さを考えると,研究室という場所がかなり息苦しいところであることがわかる。最近,ちょっと息苦しさを感じながら生活しているのは,これが原因なのかもしれない,そう考えている(物理的に息苦しいわけではない,あくまでも精神的なものだ)。

そういう状態の自分が銭湯,すなわち「ちょっと濃い公共」へ行くと,なんだかとっても「気楽」な気持ちになれるのだ。

これが,銭湯における,自身に対する「副次的な効能」だと思う。

抽象的な議論になってしまったが,とにかく銭湯は,日本が世界に誇る文化だと思う。

そういうわけで,回数券もあと数枚残っているので,今後も定期的に銭湯へ通おう。

名古屋市内の公衆浴場で使える共通回数券。10枚組で4200円。1枚あたり420円で,通常(460円)より40円おトク。

(おわり)

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