電車は「誘導モータ」で走る.
誘導モータを動かすためには,三相交流の電圧・電流が必要.
VVVFインバータは,直流を交流に変換し,誘導モータに三相交流をわたす役割を担っている.
VVVFインバータの前提知識
VVVFインバータ説明の前に,前提知識を簡単に説明しておく.
誘導モータとは?
誘導電動機(引用:誘導電動機 – Wikipedia)
誘導モータを動かすためには,三相交流が必要だ.
三相交流によって,以下の流れでモータが動く.
- 電流が投入される
- モータの中にあるコイルに電流が流れて電磁誘導現象発生
- 誘導電流による電磁力発生
- 電磁力で車輪がまわる
誘導モータの詳しい動作原理については,以下の記事を参照.
とりあえず,誘導モータを動かすためには
三相交流とは?
交流は,コンセントにやってきている電気のこと.プラスとマイナスへ,周期的に変化する電圧・電流を持っている.
一方,直流は「電池」.5Vだったら,常に5V一定の電圧が出ているのが直流.電圧波形はまっすぐ(直流と呼ばれる理由).
「三相」は名前の通り,位相が120°ずつずれた交流を3つ重ねた方式のこと.
日本中に張り巡らされている電力線のほとんどが「三相交流」方式.単相や二相じゃダメ?と思うかもしれないが,三相が一番効率がいい(損失が少ない)ので三相が使われているのだ.
交流を120°ずらして3つ重ねると損失が少ない
インバータの概要と役割
三相交流と誘導モータの知識をふまえた上で,インバータの話に入る.
インバータがやっていること
インバータ(Inverter)は,「直流を交流に変える」機器.
コンバータ(converter)は,「交流を直流に変える」機器.
鉄道では「三相インバータ」が使われている.
頭に「三相」とついているのは「三相交流」で誘導モータを動かすためだ.
じゃあ具体的に三相インバータは何をしているのか?というと・・・
「コンバータから受け取った直流を,交流に変えて,モータに渡す」役割をしているのだ.
なお,インバータは電線からとった電力をいきなりモータに入れるわけではない.
電力が,電線からインバータを介して,モータへたどり着くまでの流れを以下で説明していく.
1.パンタグラフ→変圧器
電車へ電力を供給するのは,パンタグラフの役割.
供給する方法は直流と交流のふたつがある.交直は地域や会社によってことなる.
“交流だったらそれをそのままモータに繋げればモータが動く”
と思うかもしれないが,電線からもらう電力は電圧が非常に高い(損失を抑えるため).
新幹線だと2万5千ボルト,コンセントの250倍もの電圧.
そんな高電圧をモータにぶち込んでしまうと壊れてしまう.
だから,パンタグラフを介して電力をもらったら,
まず床下にある変圧器で電圧が下げられる.
2.変圧器→コンバータ
変圧器で降圧された交流電力は,
「コンバータ」で一度直流に整流される.
ここまでの流れをまとめると,以下の通り.
2.コンバータ→インバータ
コンバータによって直流になった電力は,インバータにたどりつく.
インバータの後ろには車輪を回す誘導モータがついている.
モータを動かすためには,三相交流が必要だ.しかし,今インバータが受けとった電力は直流.
そこで,インバータ(三相インバータ)が,直流を交流に変えて,誘導モータに渡してあげるのだ.
インバータから三相交流をもらった誘導モータは,電磁力によって動き出せる,という流れだ.
ここまでがざっくりとした(三相)インバータの説明.
直流を交流に変える(”invert (反転)する”)のがインバータの役割だ.
三相インバータの動作原理
では,鉄道で用いられている,「三相インバータ」はどうやって直流を交流に変えるのか?
具体的な動作原理を書いていく.
PWM制御とは?
ここからちょっと込み入った話.
三相インバータは直流を交流に変えるために,「PWM(Pulse Width Modulation=パルス幅変調)制御方式」と呼ばれる方式が使われている.PWM制御は,以下の流れで「振幅変調されたパルス波」を生成する回路制御方式である.
- 三角形の波(Vtri)
- 目標となる正弦波(Vcom)(サインカーブ=交流)
- 1,2をオペアンプで比較
- オペアンプがパルス波を生成
オペアンプが常に2つの入力を比較して,パルス波が作られる.オペアンプという素子が「正負の電源電圧どちらかを常に出力する」という特性を生かした回路だ.
なお,上図の波形を生成する場合,
正弦波をオペアンプのプラス側
へ入力すればよい.
そうすれば,オペアンプは以下のように応答する.上の図では横に並べているのでわかりづらいが,一応以下のように出力がなされているはずだ.
三角波 < 正弦波:正
スイッチング素子とダイオード
PWM制御によって「パルス波」が生成されることはわかった.では,そのパルス波がどうなるのか?
インバータでは,PWMのパルス波はスイッチを駆動する半導体素子(IGBTとか)へ入力される.
このスイッチ素子(たとえばトランジスタ)はひとつの相に二つ繋がれている.
両端にはコンバータからもらってきた直流電圧を入れている(上図左端の”V”).直流電圧Vはモータを駆動する電圧となる.
トランジスタはPWMのパルス波によって高速でスイッチングを行う.パルスが正か負かによって,上図上下方向の電流を流したり,流さなかったりする.
また,トランジスタと並列にダイオード(整流作用)が接続されている.詳しい動作原理はさておき,
モータを駆動する直流電圧が,細かいパルス波に変えられる
という現象が起こると理解すれば良い.
三相インバータは,直流電圧を以下のような波形に変えて出力する.左がコンバータからもらった直流電圧,右が三相インバータのうち1相が出力する波形だ.多少,高調波成分を含むものの,概ねパルス波に近い波形であることがわかる.
パルス波とRL過渡応答=交流
誘導モータのところで書いたが,電流が流れるのは固定子のコイル部分であり,抵抗(R)成分とインダクタンス(L)成分をもつ.つまり,誘導モータは抵抗・インダクタンスの直列回路(RL回路)と等価であると考えられ,直流電圧に対してRL回路と同様の応答を示す.
RL回路は,回路方程式から過渡応答を計算できる.図で表すと,ステップ入力に対する過渡応答は以下のようになる.
直流電圧が入っているときは緩やかに増加して,直流電圧に飽和しようとする,
逆に0Vの時は緩やかに減少して0に収束する.
先ほど誘導モータはRL回路と等価である,と書いた.
また,インバータは変調されたパルス波を出力している,とも書いた.
そして,インバータの出力は誘導モータに接続されている.
つまり,
のだ.
実際に三相インバータの出力をRL回路にひっつけて,シミュレータを回してみる.多少高調波成分やら応答遅れやら含まれているので,RL応答とパルスの正負が対応していないところもあるが,ざっくりイメージとして見て欲しい.
矩形波の周期が長いときは,なんだかいびつな曲線にしか見えない,
赤色がRL回路の端子電圧波形,緑がパルス(相電圧).
RL回路は何となく過渡応答しているのが,おわかりいただけるだろうか?先ほど示した緩やかに飽和する波形が繰り返されているのだ.
さらに,PWMの三角波の周波数を上げて
スイッチング回数を増やしていくと,
驚くべきことに,RL回路の電圧波形は交流に近づいていくのだ.
ここら辺までスイッチング回数を増やすと,もうほとんど交流だ.
シミュレータとはいえ,この波形が直流から作られたのを目の当たりにして,かなり興奮した(自分だけ?)
以上のしくみで,インバータは交流をつくっている.
VVVFとは何か?
では最後に「VVVF」とは何なのか?
を次に説明していく.
かなり込み入った話になってくるが,頑張ってわかりやすく解説していく.
なぜ電圧と周波数を変える必要があるのか?
VVVF= 可変電圧 / 可変周波数( Variable Voltage / Variable Frequency )のこと.
なぜインバータが電圧や周波数を変える機能を持っているのか?
ざっくりいうとモータの速度を変えるためである.
誘導モータの回転スピードを変えるためには,電磁力を発生させる磁束の回転速度を変える必要がある.
では,磁束の回転速度はどのように変えるのか?
それはモータに入る交流の周波数によって変わる.
インバータから出力される交流の周波数が高いほど(プラスマイナスが速く変化するので),磁束の回転も速くなる.磁束が速く回転すれば,電磁力によって円盤(車輪)も速く回転するのだ.
インバータから出す交流の周波数を変化させるためには,PWM制御における正弦波の周波数を逐次変える必要がある.
しかし三相インバータ回路だけでは,PWMの入力正弦波周波数が固定されている.
そこで実際の鉄道に載っているインバータでは,
制御回路(周波数自動制御)を別に組み込んで,自動的にPWMの正弦波周波数を,目標スピードに応じて変化させているのだ.この周波数を変化させる回路が,結局のところ「VVVF」であると思われる.
同期パルス変化=インバータの音の正体
先ほど,インバータの交流生成のところで
というポイントを述べた.
では,PWMで三角波の周波数をずっと高いまま,目標となる正弦波の周波数も上げたり下げたりすればいいではないか?と思うかもしれない.
たしかに,三角波の周波数を上げっぱなしで目標周波数の交流を取り出すこともできる.
しかし,三角波の周波数を上げることで,スイッチング周波数が上がるという問題がある.スイッチングの周波数が上がってしまうと,スイッチング素子における損失が大きくなってしまうのだ.
トランジスタは結局スイッチの役割をしていて,周波数が高いということは,そのスイッチを沢山入れたり切ったりしなければならないということ.スイッチの入切は,エネルギーを消費する.つまり,スイッチング回数を増やすと損失もそれだけ増えるのだ.損失が大きいというのは,効率が悪いということ.電力を無駄に使ってしまう.
エネルギを効率よく使うため,実際の電車においてスイッチングの周波数は上限が設けられている,たとえば東海道新幹線N700系新幹線は1.5kHz.
電車が加速するとき,三角波と正弦波周波数比を一定に保ったまま,正弦波の周波数は上がる.
正弦波の周波数上昇にともなって,スイッチング周波数も上がっていく.
スイッチング周波数が設定された上限に達したら,制御回路が自動的にPWMの三角波の周波数を下げている(”間引き”のイメージ).
そうすると,正弦波の周波数は上昇するが,矩形波のパルス幅が大きくなって(”間引き”のイメージ),スイッチング周期は長くなる(⇔出力される交流は”粗く”なる).
これを繰り返して,スイッチング周波数を抑えつつ,正弦波の周波数を上げて,やがて高速域に到達する.
インバータ電車が発する特徴的な音は,インバータがパルスを定期的に間引いて,スイッチング周波数を上げて…上限なので下げて…また上げて…上限なので下げて….を繰り返すことで起こっているのだ.
↓この動画の途中,”同期モード○パルス“という表示がある.加速するに従って,パルス数が少なくなっていくのがわかるだろうか?(18→15→12→7→5→3→広域3→1).それが先に示したインバータからのパルス間引きのことであり,○の数字が小さいほど交流波形は粗くなる.が,周波数はパルスに関係なく上がり続けているのもわかる(動画内画面右側).こうやってVVVFインバータは,スイッチング周波数が上がりすぎないようにしているのだ.
→周波数に上限を設けて,パルスを間引く
=周波数変化による音の変化
まとめ:鉄道に欠かせない制御技術
以上,インバータについてのまとめ.
電車が奏でるあの「音」のは,
インバータが損失を抑えるようにして
スイッチングすることで生まれているのだ.
最後の方,同期やPWM制御についての話は難しい部分で,うまく説明できた気がしないので...また別の機会にちゃんと書こうと思う.
インバータのしくみは結局は電気・電子回路の応用.パワーエレクトロニクスと呼ばれる分野の技術のひとつである.
電気系の学科に入ると,こういうことが勉強できる.
(なので,もし学科選びで迷っている鉄道好きの高校生がいるなら,電気系がオススメ)
他にも,鉄道にはさまざまな電気系の技術が使われている.
変圧器や架線,モータ,計測機器類などなど…やる気が出たらまた別の技術についてもまとめてみようと思う.
シミュレーションツール
三相インバータのシミュレーション: 三相インバータ – Circuit Simulator Applet
簡単な回路の作成・波形取得:パワーエレクトロニクス回路シミュレータ「PSIM」