鉄道旅動画をつくって改めて感じる「文章」のつよみ【動画と文章②】

前回記事で動画の「強み」について書いた。

鉄道動画を作ってわかった「情報量の多さ」という動画の強み【動画と文章①】
鉄道旅を動画にまとめてわかった、動画の強みは「情報量の多さ」「臨場感」。ブログにおける文章・画像にはない「音」と「動き」を伝えられる動画にしかない強みを考察。

前回記事【動画と文章①】で紹介したのは
動画のつよみである「情報量の多さ」、つまり

動画は「臨場感」を視聴者に伝えられるよね

ということである。

 

じゃあ逆に
「文章」のつよみって何だろう?

という疑問が前回記事を書いている途中で浮かんだ。

そこで当記事では、前回記事とは逆に
「動画の弱点」と「文章のつよみ」を対比させてみる。

鉄道旅を綴るブログの魅力はどこにあるのだろう。

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文章のつよみ①:気持ち・個性が宿る

動画は事実「のみ」

前の記事でこんなことを書いた。

少ない労力で多くの情報をそのまま伝えられるのだ。
(「そのまま」がいいか、悪いか、これは議論の余地があると思う)

鉄道動画を作ってわかった「情報量の多さ」という動画の強み【動画と文章①】

動画は少ない労力で、情報をそっくりそのまま伝えられる。

 

ただし(括弧書きで補足した)「悪い」ように解釈すれば

100の情報を100しか伝えられない

動画はその場の情景や、雰囲気、音、景色をある程度正確に伝えられると思う。

でも、逆に考えれば
動画に撮影者の気持ちや意志、喜怒哀楽を載せることは結構難しい。

これは鉄道旅に限っていえることかもしれない。
(怒りやうれしさは動画の方が良く伝わる)

 

たとえば鉄道に乗っていて、目の前に広がる景色に感動したとする。

動画だと

文章で情報を載せるにしても、動画に載せられる文章量には限度がある(文章だけ、だと際限はない)

動画だけになると、伝えられる情報は目の前の美しい景色だけ。
背後にある景色のことや、自分がどう思っているかは蚊帳の外。

自分の気持ちを伝えようと思うと、その感動を短い言葉にして
動画に字幕として載せなければならない。

感動を短い言葉に、と書いたが、感動を簡潔に言い表せる語彙力と文章力があれば苦労しない。

文章には「個性」と「感情」が宿る

それに対して文章だと

  • 自分がどんな景色に対して(その景色はどんな風に見えたのか)
  • なぜ感動したのか
  • そのときの周りの様子はどんなだったか

などを自分の思うように、いくらでも書き連ねることができる。

小説なんかだと、1日の様子をまるまる1冊の小説に、なんてことは良くある話だ。

 

要するに

感動を短くまとめるのが難しいから、
自分の思うままにブログに綴られた文章が成立する

ということ。

たとえヘタクソでも、たとえ長ったらしくて何を言いたいのかよくわからない文章でも

そこには必ず「書き手の個性」と「風景に対して感じた書き手の感動」がこもっているはず。

この2つ(個性・個人的感動)を動画で生み出し、視聴者に伝えるのは至難の業だと僕は思う。

だからこそ文章が死なずに生き残っているのであって、

動画で満足するのであればYouTubeがメインメディアになりブログなんてとっくにオワコンになってるはず。

新聞も本も同じで(新聞は風前の灯火・・・なんて見方もあるけれど)文章にも魅力があるからこそ、今日までなくならずに生き残っている。

書き手の気持ちを載せ、風景・情景に個性を吹き込む」ことができる、換言すれば

目の前の100の事実を120にも200にも膨らませて、読み手に伝えることができる

これが文章の魅力だ。

文章のつよみ②:想像できる

「臨場感」も考えようによっては・・・

前の記事からもうひとつ文章を引用すると

文章と写真を組み合わせても、出せる「臨場感」にはやはり限度があるのだ。あとは読み手に想像して状況を補完してもらうしかない。

鉄道動画を作ってわかった「情報量の多さ」という動画の強み【動画と文章①】

この文も逆に考えれば、プラスに捉えることもできる。

つまり文章のもう一つの魅力は

読み手が勝手に想像を膨らませられる

ことだ。

たしかに、「音」「動き」を正確に表現できる動画は「臨場感」を目一杯出せる。

それに対して文章は、たとえ写真を組み合わせても「視覚情報」でしかなくて
書きようによってはただの「色」にしかならない。

読み手が想像できる

でも、よくよく考えれば

 

僕たちが読書をするのは、いったい何を楽しみにしているのだろうか。

僕たちが旅の記録を綴った手帳を振り返るとき、何が楽しいのだろうか。

それは「想像」であって、目の前には決して現れていない「過去」「未来」に自分を置こうとしているのではないか。

 

読書なんてまさにその典型で、

小説を読んでいるときは
実際には起こりえない世界の中に自分を引き込んで、古典の世界に自分を移動させて、そしてその世界を楽しんでいるのではないか?

つまり文章を読んで楽しいと感じるのは
「読み手が想像を膨らませる」から楽しいのでは?と思う。

 

鉄道旅に話を戻すと、

自分が行ったことのない場所はもちろん、
行ったことのある場所について書かれた旅の文章記録を読んで何が楽しいのか、ということを考えると

自分とは違った視点・感情・考え方に、身を委ねつつ、その文章に描き出された世界に入り込んでいる自分を想像すること

が楽しいのだろう。
(少なくとも僕はそう、旅の記録を読んでいると自分がそこに行きたいと思う瞬間が幾度もある)

 

文章を自分のペースで読みながら、自分もこんな風に鉄道に揺られながら各地の風景を楽しみたいな・・・車内でのんびり過ごしたいな・・・、連なる文章にだんだんと引き込まれていくのが楽しいのだと思う。

動画でこんな気持ちになったことは(記憶の中には)ない。

「うらやましいな~」「楽しそうだな~」と思ったことはあっても、自分を旅に駆り立てるほどの強烈な動機になったことはほとんどない。

そういう強烈な動機になるのは、(とても不思議だけれど)「写真と文章」であることが多い。

事実を、正確に、伝えているのは「動画」のはずなのに
明確な動機、自分を行動に駆り立てるきっかけとなるのは「写真と文章」であることが多いのはなぜだろうか?

それはやっぱり、文章の読み手が「想像」を膨らませ、100の事実に120も200も期待を大きくするからに違いない。

たとえそれが、実際には期待したものとは違っていたとしても
行動に繋がったという事実はとても大きな経験だし、書き手とは違ったベクトルの感情を持てることは素晴らしいことだ。

「動画」と「文章」それぞれに魅力あり

思うままに書いていると支離滅裂な文章になってしまった。

だらだらと書いたが、文章にも魅力はあるということだ。

もちろん動画にもつよみがあって、それは前回記事で書いた通り。

鉄道動画を作ってわかった「情報量の多さ」という動画の強み【動画と文章①】
鉄道旅を動画にまとめてわかった、動画の強みは「情報量の多さ」「臨場感」。ブログにおける文章・画像にはない「音」と「動き」を伝えられる動画にしかない強みを考察。

僕は文章を書いたり読んだりする方が、(今のところは)楽しいし、その方が自分の思っていることを伝えられるので

鉄道旅も文章で綴ることになると思う。

そこで綴りきれない、旅のようすや「音」という情景を補完的にYouTubeへ動画としてアップするつもりだ。

こんな感じで動画と文章をうまく組み合わせて、自分の体験をこのブログにストックしていきたい。

 

以上!

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タケ

「タケのじててつログ」の運営者。旅をするのが好き。手段は主に自転車・鉄道。PENTAX一眼レフユーザー。工学部で電気のことを勉強する理系大学生。

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