送電鉄塔のつくられ方を知っていますか?~飛騨信濃直流幹線【電気な話】

画像:「東西日本の大動脈をつなぐ 飛騨信濃直流幹線新設工事」(URL: https://youtu.be/JV2U4EuFhM4?t=14)より

飛彈信濃直流幹線の新設工事をまとめた動画に感銘を受けたので,ここに書き残しておく。

「山奥にある送電鉄塔がどうやって作られているのか?」という,電気系にとって重要そうだけど,意外と知らない話。

送電鉄塔工事の動画に感銘を受ける

飛騨信濃直流幹線の新設工事

YouTubeからサジェストされた「東西日本の大動脈をつなぐ 飛騨信濃直流幹線新設工事」という動画。電気系として興味をそそられたので,見てみることにした。ちなみに,動画の製作者は,この工事を担当した「東光電気工事」。

動画の時間は40分と,最近の動画のなかでは比較的長い部類だと思うが…研究室から帰って,下宿で夕飯を食べながらじっくりと視聴した。

動画のくわしい内容とそれに対する感想は後述するが……ざっくり感想を書くと「ためになって,めちゃくちゃ面白かった」。YouTubeでこれだけ「地に足が着いた」動画は久しぶりに観たように感じた。

この動画は,今流行りの「絆」やら「感動」やら,そういうウェットなものではなく,直流幹線の意義や最新の土木技術といった「もの」「こと」「しくみ」など,ドライなものが主役の動画だった。

こういう動画は観ていてためになるし,面白い。

(昔はこういう番組がTVでもやってたんじゃないかなと思う。TV離れ・理系離れが進むのは,こういう番組を地上波でやらなくなったこと,それにTV局自体の取材力がなくなったことが原因かなと,最近考えている)

飛騨信濃直流幹線の概要:なんで重要?(電気な話)

「飛騨信濃直流幹線」とは,動画の中でも紹介されている通り,

岐阜県高山市にある「飛騨変換所」と長野県東筑摩郡朝日村にある「新信濃変電所」とをむすぶ,

全長89kmにもわたる±200kV級の直流送電線だ。

本幹線およびその端点にある変換所は,中部電力パワーグリッドと東京電力パワーグリッドとの間で電力を融通するための,直流高電圧送電設備であり,2021年3月31日に運用がはじまっている。

飛騨信濃直流幹線の位置

以下の画像は,2つの変換所と飛騨信濃直流幹線の位置を模式図として示したものだ[1]。この図からわかるように,赤色破線で示されている直流幹線が,60 Hzと50 Hz系統とをむすぶように位置している。

ちょっと電気に詳しい人ならご存じの通り,日本国内の電力は,電気は「50 Hz」と「60 Hz」の2つの周波数でやりとりされている。東日本が50 Hz,西日本が60 Hzだ。地図の範囲では,50 Hz系統が東京電力パワーグリッド(以下,東電PG),60 Hz系統が中部電力パワーグリッド(以下,中電PG)によって,それぞれ管理・運用されている。

これらの電気は,周波数をもつ「交流」だ。以下の地図においても,破線で示された直流幹線(今回紹介しているもの)以外は,すべて「交流」の送電線を表している。

画像引用元:東京電力パワーグリッド:「飛騨信濃周波数変換設備の運用開始について|プレスリリース・お知らせ一覧|東京電力パワーグリッド株式会社|」,URL:https://www.tepco.co.jp/pg/company/press-information/press/2021/1591426_8616.html (Access: 2022/5/27)

では,異なる会社(周波数)間をむすぶような「直流」の「幹線」が,なぜ必要だったのか?地理に詳しいひとでも,そうでなくても,赤破線が渡っているあたりは,かなり険しい山の中であることは想像に難くないと思われる,そういう厳しい場所に,i) わざわざ「直流」で,ii)「幹線」と呼ばれる重要な送電線を引いたのはなぜだろうか?

i) そもそもなぜ「直流」なのか?

赤色破線で示された幹線の意義は置いておいて,そもそも「直流」であることに対して次のような疑問が湧いてくるかもしれない。

地図を見る限りは交流(青色)と交流(緑色)を繋ぐ線なのだから,そのまま交流でつないじゃえばいいんじゃない?わざわざ直流にする意味はなに?

この疑問に対する答えの1つは,「ある周波数の交流を,別の周波数の交流に直接変換することができない」というものだ。

交流は,一定の周期をもってプラス・マイナスで変化する

たとえば,中電PG管内(60 Hz)から,東電PG管内(50 Hz)へ電力を融通する場合,交流を60 Hz→50 Hzへと変える必要がある。しかし,これを交流どうしで直接やりとりすることは,基本的にできない

じゃあどうすればいいかというと,ここで直流が登場するわけだ。

まず,交流→直流の変換(順変換という)は,比較的簡単にできる。原理的には「整流」や「平滑」と呼ばれる作用によって,これを実現できる。小型の電子回路だと「(AC-DC)コンバータ」が用いられるが,今回紹介している飛騨信濃直流幹線の変換所では,「サイリスタ」が用いられている[2]。

交流を直流に変換してから,交流に戻す

次いで,直流→交流も,同様に変換できる。飛騨信濃直流幹線の変換所では,直流→交流の変換にも「サイリスタ」が用いられている[2]。

450 MWサイリスタバルブの外観[2]。

このようにして直流を介してやることで,交流(60Hz)から交流(50Hz),あるいはその逆向きの変換,すなわち異なる周波数系統で運用される会社間で電力融通を実現できるのだ。

ii) なぜここに「幹線」が必要なのか?

「直流」であることの意味は,ざっくりと解消した。

では,なぜ,こんなに険しい山奥に長距離の直流幹線が必要なのか?言い換えれば,東電PGと中電PGとの間で,電力を融通する設備が必要なのか?

これは,2011年の東日本大震災によって露呈した,災害時に電力会社間で電力をやりとりする力不足を,解決することが理由の1つだ。

東日本大震災発生時には,首都圏の電力をつくり・おくる設備がダメージを受けてしまって,結果的に首都圏の電力が不足してしまい,「計画停電」に陥ってしまった。

画像引用元:JIJI.COM,「東日本大震災 計画停電 写真特集:時事ドットコム」,URL:https://www.jiji.com/jc/d4?p=tod100&d=d4_quake, [Access: 2022/5/27]

このとき,ダメージの少なかった西日本(中電PG,関西電力,北陸電力…:60 Hz地帯)から,首都圏へ電力をたっぷり送ることができれば,首都圏の電力不足,ひいては「計画停電」を回避できたかもしれない。しかし,当時は,東京中部間で電力をやりとりする設備が貧弱で,電力不足を回避するほどの電力を,中部→東京へ融通できなかった。

そういう反省から,50 Hz地帯(おもに東京)と60 Hz地帯(中部地方)とのあいだで,電力をやりとりする設備を増強させる・新たに設置することが,重要な課題として浮上したわけだ。

そういうふうに重要な意義をもった設備であるゆえ,直流幹線をふくむ一連の設備の構築は「国家プロジェクト」として位置づけられ,実際の構築には日本を代表するメーカや電気工事会社が動員され,電力設備としては「短期間」で完遂された。

岐阜県北部=長野県北部の険しい山岳地帯に,これだけの重厚・長距離の設備を建設した背景には,それだけ高い重要性と必要性があったのだ。

【動画】飛騨信濃直流幹線ができるまで~印象的だった点

さて,そんなふうに重要な意義をもつ電力融通設備を構成する「飛騨信濃直流幹線」。

今回紹介している動画は,この送電線および鉄塔の建設のようすがまとめられた動画だ。

長い動画をメモも取らずに見たので,感想にまとまりはないが,印象的だった点を羅列的に書いておく。

まずもってこの幹線が山奥にあるので,工数や期間が地上より余分に必要で,なおかつ熟練の技術者たちが集まって工事を進めていた。

基礎工事は,山奥だから手掘り。ぶっとい穴を掘ってそこにコンクリを流し込んで,がっしりした土台を作る。完成した鉄塔に電線を架ける(架線工事)ときはまず,ヘリコプターでロープを吊るして,それを鉄塔へとかけながら,鉄塔間を渡していく。これを下地にして,電線を這わせる。こういうふうに,なんでもスケールが大きいから,土木の世界は面白いと思った(電気じゃなければ土木へいきたかった)

工事においては,最新の工法が取り入れられているが,工区・担当する会社ごとにその工法が微妙に違っていた。たとえば以下の動画は,6工区を担当した「日本リーテック」のアップロードしたもの。こちらの方が今風な動画のテイストになって見やすいかもしれない。

この工区は,幹線のなかでも最高標高と最大径間長とが含まれる最難関工区。鉄塔を人力を中心にして組み上げるのは変わらないが,その組み上げの順序や基礎工事に用いるコンクリートは微妙に違っていそうだった。

あと,こうやって鉄塔1つつくるだけでも,いくつもの関連会社がかかわってはじめて,資材をつくり・運び・組み上げることができるということもわかった。鉄塔が組みあがって中電PGや東電PGに引き渡すまでに,めちゃくちゃたくさんの人の手が関わっていたことが,動画をみてわかった。

それに,これだけ大きい工事をマネジメントする代理人はすごいと感じた。年を重ねて管理職になっていくと,こういうデカいプロジェクトを仕切れるような,リーダシップと計画力が必要になってくるのだろう。

そして,最後のエンドロールにもあったが,この工事の工期は数年,動員された人員は1万名以上。山奥に送電鉄塔を立てるのにはこれだけの手間と時間がかかるのだ。現場を知らないと,「鉄塔なんてバンバン建ててしまって,地域間連携力を増大させたらいい!」という,早とちりで浅はかな考えに陥ってしまいそうだが,それではいけないことがよくわかった。

ひとがものを組み上げてつくる

40分の長い動画を早送りせず見入ったあと,エンドロールを見て

「これだけデカいものでも,つくりあげるのはひとなんだ」と痛感した。

ちっちゃいものや簡単な構造のものは,独力で作れるが,複雑なものや緻密なもの,それに今回のようなでっかいものは,複数人や会社,グループ単位でしか作り上げられない。

「でっかい仕事」のおもしろさは,そうやって協力してつくりあげること,そしてできあがったときの達成感にあるのだろう。動画に出てきた社員たちのことばの端々に「達成感と充実感」を感じ取った。

やっぱり,「でっかい仕事」にはロマンがある。見上げた仕事だ…

(ふるさと・えひめの造船会社「新来島どっく」のテレビCMより。懐かしい…)

(おわり)

参考文献

[1] 東京電力パワーグリッド:「飛騨信濃周波数変換設備の運用開始について|プレスリリース・お知らせ一覧|東京電力パワーグリッド株式会社|」,URL:https://www.tepco.co.jp/pg/company/press-information/press/2021/1591426_8616.html (Access: 2022/5/27)

[2] 飯村 美起,千葉 開,鴨志田 真一,小形 秀紀,内海 知明,中野 芳彦:「飛騨信濃周波数変換設備の特長技術:最新の直流送電プロジェクト」,日立評論,URL: https://www.hitachihyoron.com/jp/archive/2020s/2020/02/02a05/index.html [Access: 2022/5/27]