【SLやまぐち号】C57の代役・まだまだ走れるD51(デゴイチ)を見てきた

蒸気機関車(Steam Locomotive: SL)は,蒸気機関を動力とする機関車だ。英国において,はじめてのSLが登場してから,200年以上経った。現在,日本国内においては,貨物あるいは客車をけん引する機関車は,そのほとんどが電力で電動機を駆動する方式になった。また,客車をけん引すること自体,ほとんどなくなっており,多くの旅客列車が動力分散方式の車両で運行されている。

SLから電気機関車(あるいはディーゼル機関車)へ変わったことで,「静かに」「速く」「遠くへ」走れるようになった。一方,効率が良くなったことで「旅情」や「風情」は失われているとも考えられる。

「旅情」や「風情」をもう一度味わいたい,あるいは,そもそもSLが走っている姿を見たことがない,そんな鉄道ファンや旅行ファンのために,JR西日本はSL牽引のイベント列車「SLやまぐち号」を運行している。走行区間は新山口から津和野まで。運行日は週末,ちょうど自分が新山口駅にいた日の朝に,この列車が津和野へ向けて出発するようだった。

往路のチケットはすでに完売,復路は時間的に乗れない,ということだったが,動くSLをこの目に焼き付けて帰りたい!そんな思いを持って,新山口駅のホームにて,SLやまぐち号をけん引する「D51 200」を見てきた。

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「SLやまぐち号」をけん引するD51形蒸気機関車

日曜日・朝の新山口駅

ホテルを出て,新山口駅にやってきた。宿泊したのは,「新山口ターミナルホテル」。新山口駅の目の前にある。

チェックアウト時間10時ギリギリに出てきた。SLやまぐち号が,新山口駅を出発するのは11時前。入線も10時半ごろなので,まだ時間がある。

ホテルと反対側の入口に行ってみようと思って,駅をまたぐ跨線橋を渡ると,車庫の方で入換をしているD51が見られた。白煙を空高く上げ,単機でゆっくり動いている。

駅ホームにはすでに,数名のマニアが陣取っている。D51の左側には,黄色の105系電車が休んでいる。山口地区では,未だに国鉄形電車が主力として活躍している。105系もその1つだが,戦前生まれのD51の横に並ぶと,新しい電車のように見える。ただいずれも国鉄形なのは間違いなく,この景色からは「昭和」な香りがムンムンと漂う。

新山口駅跨線橋から撮影,新山口駅は昭和の香りが漂う。

いったん,新山口駅コンコースに入り,新幹線改札横にあるみどりの窓口にてきっぷを買う。

乗車券を改札に通して,コンビニで飲み物を買ってからホームへ降りる。SLやまぐち号が入線,出発する山口線のホームには,先発となるキハ40が待っていた。ダイヤ上,この列車がSLを先行する。きっと,この列車には,SLを撮るために先回りする鉄道ファンが乗っているだろう。

露払いは山口線のキハ40

降り立って数分後に出発。キハ40が出ていったホームには,すでに「SLやまぐち」の乗客や見物客が待っている。

主役の入線|D51牽引「SLやまぐち」

キハ40が出ていくと,ホーム上の客の数がさらに増えてきた。

そして,10:26頃,本命の「SLやまぐち号」が入線。先頭のSLが,旧型客車を先頭とした5両編成を,ゆっくりと推進しながら後退してくる。最後尾の客車は,テールマークを掲げている。描かれているのは国宝である瑠璃光寺(山口市)の五重塔だそうだ [参照: SL山口号 – テールマーク]

しゅぅしゅぅ…と,現代の鉄道駅においては,まず耳にすることのない音を立てながら,D51 200がゆっくりと近づいてくる。

そして,ホーム中ほどにゆっくりと停車した。停車位置は,D51がちょうど自分の目の前に来る位置だ。この位置だと,大きな大きな動輪が,間近で見られる。こんなものが,まだ走っている(走れる状態にある)ことに驚嘆する。

SLやまぐち号は,座席指定の臨時快速列車だ。指定券と乗車券で乗車することができる。その座席は,旧型客車5両編成によって構成されている。

2両目,「オハ 35 4001」,ちょうど車番の上にサボが入っている。行先は「津和野つわの」だ。車体はつやつやに磨かれている。かつて現役だったころよりも輝いているのではないかと錯覚する。と思ったら,どうやらこの客車は,現代の技術で造られた「最新型の」客車だそうだ。番号が4000番台なのは,国鉄製のものと区別するためだそう。以下の技報を読むと,この車両が単なる模倣(”レトロ調”)ではなく,正真正銘の旧型客車であることがよくわかる。

詳しくはこちら: IHI 技報 Vol.58 No.2 ( 2018 )

生き物のような迫力

ヘッドマークを掲出したD51 200,「やまぐち」と書かれた黄色のヘッドマークには,山口県の鳥である「ナベツル」があしらわれている。

SL「やまぐち」号 ヘッドマークの鳥は… | SL「やまぐち」号

入線したD51 200は,SLやまぐち号をけん引する「主戦」ではない。ふだんは,「貴婦人」の愛称で親しまれたC57がけん引しているそうだ。そういうわけで,このD51はいわば「代打」なのだが,代打としては少々豪華すぎる!

さて,停車している間に,「生きている」D51をじっくり見て回る。

D51は長距離を走行する牽引機関車なので,機関車本体の後ろに炭水車(テンダー)と呼ばれる石炭および水を積載した車を繋いでいる。まだ,到着したばかり,これから出発ということで,石炭庫にはあふれんばかりの石炭が積み上げられている。

SLといえば,黒い鎧のような先頭部(除煙板と呼ばれるそうだ),それにド迫力の動輪が特徴。D51は,動輪が4つ(C57は3つ)付いている。蒸気機関車は,形式名の先頭のアルファベットが,動輪数を表している。B~Eまで,以下のような具合だ。

  • B=2軸
  • C=3軸
  • D=4軸
  • E=5軸

この車両は,D51,すなわち「D」なので4軸の機関車だ。この動輪数と形式名のアルファベットの関係は,SLのみならず,電気機関車やディーゼル機関車など,現代の機関車にも引き継がれている。

この動輪は,間近でみると,その大きさに圧倒される。シューシューと吐き出される白い蒸気が,動輪や車両下部に吹きかかるのがたまらなくかっこいい。

SLは,蒸気の力でタービンを回すことで,運転に必要な電気を作っている。これは,火力発電所が電気をつくるのと同じ原理だ。この写真右上についているのが,タービン発電機だそう。ここから,勢いよく蒸気が吐き出され,発電していることがよくわかる。

動輪だけでなく,機関車本体も相当大きい。今の機関車では,これだけ大きいスペースはまず不要だが,蒸気機関車の場合は,大きな動輪に対して蒸気で駆動力を与える。石炭を燃やす場所から,それぞれの動輪まで,蒸気を送り届け,駆動するために,これだけ大きいスペースが必要なのだろう。

円筒形のカラダのほとんどは、蒸気を発生させる「ボイラー」という装置になっている。ボイラーは、石炭をくべる「火室(かしつ)」と、水がたくさん入った「ボイラー胴」に大きく分けられる。

Fun!Fan!SL!SLのしくみと図鑑|JR東日本高崎支社

機関車と炭水車のつなぎ目には,配管が多くめぐらされている。つなぎ目から漏れ出てくる蒸気は,この車両が生きていることの証だ。

戦前生まれの輝きと風格

さて,もっと間近でD51をみるために,停車中のホーム側へ移動してきた。

車体側面のネームプレートを接写。

この「D51 200」が生まれたのは,なんと昭和13年(1938年),国家総動員法が施行された年だ。すなわち,この機関車は戦前生まれだ。鉄道省の濱松はままつ工場にて製造されたこの車両,現在では「梅」,京都の梅小路うめこうじ運転区うんてんくに車籍を置いている。なお,この運転区には,D51のほか,C56 160,C57 1,C61 2,C62 2の機関車5両,それにDE10形のみ所属している。

参照: 梅小路運転区 – Wikipedia

真横で見ると,さらに迫力が増す。黒々とした車体に,金色のライン。蒸気機関車は,これだけの装備がなければ走れなかった,今から考えれば「ムダの多い」車両だが,それだけ技術が進歩してきたというわけだ。

こうして近くで見ていると,このD51がイベント列車をけん引する車であることを忘れてしまう。これから何時間もかけて山陰を横断し,次の日もまた次の日もふつうに客車をけん引しているのではないかと,そんな想像をしてしまう。

少し背伸びをして,運転室を撮影。壁面には,おびただしい数の配管とハンドルが並んでいる。いずれもきれいに磨かれ,操作可能な状態にしてあるので,ここだけ見ると「現役バリバリの機関車」といわれても違和感がない。現役当時は,この窓から,機関士が顔をのぞかせつつ,苦労して山越えをしたり助役とやりとりをしたりしていたのだろう。

運転室では,機関助士が炭水車から石炭をボイラへ入れている。乗務員さんの制服は,おそらく当時の復刻版だと思われる。こうやって運転するために,運転経験のあるベテラン機関士が,若い乗務員にさまざまな教育・技術伝承をしているのだろう。

みんなに見守られて出発

ここまでは,D51にべったりフォーカスした写真を紹介してきた。これらの写真だけ見ると,D51がイベント列車ではなくて,ただ昭和の時代に客車をけん引している,いわば「昭和の時代にタイムスリップした」かのように錯覚されるかもしれない。

だが,新山口駅のホームは,目を輝かせた子どもたちやその家族,そしてカメラを携えた「鉄道が好きな大きいおともだち」で賑わっていた。大きいおともだちは,比較的平和で,子どもたちをしっかりと優先させて,とても微笑ましい雰囲気だった。

(自分を含め)ここにいる方たちの大半は,きっとD51の現役を知らないだろう。なのでほとんどの人は,D51になつかしさを感じて集まっているわけではないだろう。それよりも,純粋にD51のかっこよさ,醸し出されるロマン,ノスタルジックな雰囲気に惹かれて集まっていると思う。

D51 200も,製造から70年以上も経って,こんなに喜んでみてもらえるとは思ってもいなかっただろう。そして,誇らしさをもって「最新型の旧型客車」をけん引するべく,出発を待っているだろう。

さて,20分ほどD51を見物したら,いよいよ出発時刻が迫って来た。

ここまで,D51の吐き出す蒸気は控えめだった。が,出発間際になると蒸気量が増えた。そして,黒い煙を盛大に吹き出し始めた。

定刻数十秒前になると,汽笛一声!

D51は,空気の震えるような長い汽笛を吹いてから,ゆっくりと出発していった。この汽笛は動画だと迫力に欠けるが,現地で聴くとものすごい迫力だった。間近で見ている子どもたちは,一斉に耳をふさいでいた。それくらい大きな音だった。

山口線へと駆けだしたSLやまぐち号を見送ると,見物に来たお客さんは満足そうにコンコースへ戻っていた。ホームでは,SLやまぐち関連のグッズが売られていた。今回は買えなかったが,また乗車する機会をつくって買おうと思う。

(今日の写真は,PENTAX K30FA31mmF1.8AL Limited でお送りしました)

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今度はC57も見てみたい

以上,新山口駅で「SLやまぐち」をけん引するD51 200を見てきた記録。

人生で初めて「動く蒸気機関車」を見ることができた。こんなに大きくて,ごつごつしたものが,煙を吐いて動くことに驚嘆した。思わずカメラを持った手を下げて,見とれてしまった。今までSLなんて興味もなかったが,今回D51を見て,蒸気機関車をかっこいいと思えるようになった。

今度は沿線から,あるいは牽引される客車から,蒸気機関車を楽しみたい。また,「SLやまぐち号」の「正」牽引機であるC57 1号機も見に行きたい。

【参考にしたサイト】

Fun!Fan!SL!SLのしくみと図鑑|JR東日本高崎支社

国鉄D51形蒸気機関車 – Wikipedia

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